戦史の探求

戦史の情報を整理し探求するサイトです。 古今東西の全てを対象とし、特に戦況図や作戦図に着目しながら戦略・作戦・戦術について思索します。

 2022年8月22日にANNA Newsがアップロードした動画において、ロシア/DPR軍の塹壕強襲の戦術が、その接近と突入の手法がはっきり分かる形で映っていた。前後の戦況報道からして8/21が戦闘の日付けである。
 戦車歩兵戦闘車歩兵UAV砲兵により構築される敵陣地突入戦法はシステマチックであり、DPR/ロシア軍が現在展開しているロシア・ウクライナ戦争の第2期以降の陣地戦でスタンダード化されているものに近いと推測される。本戦闘方法が今後も現代通常戦で一般化されるかは不明だが、非常に有用なサンプルの1つとなるだろう。

 公式発表はないが、動画内の施設から座標は自分でわりだした。ドネツク前線中央Pisky町の西にある大型道路沿いに作られた周到陣地である。




DPR Assault tactics against trench

分析詳細は記事後半に各場面画像付きで添付する。

◆ 確認できる主な事象は下記。

車両前進時移動速度:ほぼ一定。10km/h前後の低速
0:03 開けた草地を前進するT-72及びBMP-2。車間距離約35m。
0:12 全景確認可能。道路逆側(右側)に友軍戦車の姿は無い。この左側からのアプローチのみ。
  既に最初の戦車による行進間射撃が行われている。 発射時の推定距離280~360m
 ※さらに支援砲撃も実施中。3発以上。
0:19 戦車行進間射撃 2射目
0:25 UAVがトンネルを確認。隠れている敵が出てくる可能性が高い場所。
1:02 戦車行進間射撃 3射目 (※動画編集で途中が切り取られている可能性有。)
1:25 支援砲撃。 画面上端中央部に着弾の噴煙発生確認。 戦車から約140~160m位置
1:38 4発目の戦車行進間射撃。 距離約120~140m
1:47 BMPの行進間射撃。
2:20 UAVが歩兵の接近ルートの防風林を確認。
2:25 戦車は停止直前に主砲使用。側方射撃。40~50mほどの近距離に着弾。
2:31 戦車及びBMPが突入口そばで停止。車間距離は行進中とほぼ変わらず。
2:37 行進中より速く、12秒後に停止状態で戦車が連射。
2:45 UAVが再び歩兵の接近路を確認。
2:51 戦車主砲発砲。
3:02 戦車主砲発砲。85m先の林。11秒での連射。
3:11 BMPが奥へ発砲。直前まで機関砲は正面方向を向いていたが、戦車と同じ側方へ変え射撃。
3:19 画面中央の防風林内に歩兵の動き確認。
3:22 BMPの連射確認。奥を狙っている。
3:25 戦車主砲を数秒前に撃ったらしき発煙。 80m距離に着弾煙確認できず、奥の250m位置と思われる。
   次弾まで11秒間隔で逆算し3:20で発射と推定。
3:31 戦車主砲発砲。80m位置着弾。直前の映像で塹壕も無く人もいない。誤射?威嚇?
3:39 奥の塹壕内にウクライナ兵の動く姿確認。戦車から240~250m位置。
   既に傍で燃え始めており、3:20秒頃に撃った弾と推定される。または支援砲撃。
3:50 戦車主砲発砲。
3:54 UAVが戦車の後ろ側の塹壕に敵が居ないか念のため警戒。
4:19 戦車主砲発砲。
4:22 歩兵が横の防風林から出て野原を小走りで突っ切り、味方のBMP停車位置へ向かう。1つ目の分隊9名。
4:28 戦車が後退開始。
4:42 戦車は射撃時に使っていた射線が開けた箇所からずらしてから反転、後退再開。
4:45 野原を横断中の2つ目の歩兵分隊確認。その間、先頭の分隊はBMPの影に隠れ止まる。
4:50 先頭の分隊が突入口へ向け再度小走りで前進。
5:09 戦車が向きを変え撤退しながら後部の対空機銃を周辺へばらまいている。
   狙いはつけず60度範囲を20数秒間で制圧射撃している。
5:17 戦車がスモークを展開。 後部機銃の制圧射撃は継続。2つ目の分隊はスモークの隣を突入高へ向け前進。
5:18 先頭の分隊の兵士が塹壕突入口へ到達。後続は縦隊のまま迅速に入口の塹壕内に集結。
5:45 2つ目の分隊が入口の塹壕で集合完了。
6:23 歩兵が塹壕内を前進している姿が確認。
6:25 歩兵の進む100m先に煙が上がっている。1分前の映像では無かったので新たな着弾=支援砲撃。
6:28 BMPが離脱を十秒前に開始している。
   スモーク跡から既に戦車が後退済みなのが確認できる。後退ルートは来た道と全く同じ。地雷対策。
6:30 全景再確認。 逆側は全く車両のアプローチ跡が無い。 
   支援砲撃が縦深数百mに渡り数発実施されているのが見える。
   手前のトンネルと奥のトンネル位置にも煙。継続的に燃えている可能性有。

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 本稿は1977年にソ連で主に高級将校向けに作成された書籍『戦車の打撃:大祖国戦争の記録に基づく、方面軍の攻勢作戦における戦車軍』の第4章の抜粋試訳を中心にし、幾つかの補足を入れる。
添付4_戦車軍の戦闘作戦

 本研究記録は、大規模な通常戦とは攻勢側に甚大な被害を伴うということを明示している。この損失量は、大半が1944年以降の作戦においてであり、ソ連が明確に巨大な戦力的優位性をドイツに対して有してからの時期において実施され、そして『成功した攻勢』の中で発生しているのだ。突破口形成済み箇所への投入をされた部隊より更に、突破口形成をする部隊は強固な抵抗にあいながら任務をやり遂げる。そこには膨大な兵士の血と壊れた車両を踏み越える以外の道などなく、それを前提とした上で作戦を立案し、戦争を開始しなければならない。具体的には主に、機甲車両の大量損失が勝敗関係なく発生するため、それを補う計画と体制を整える必要性を実戦例に基づき訴えている。燃料弾薬の第3項、人的損失補充の第4項については別途作成する。
___以下、本文_________________________________________

第4章 序文

 独ソ戦での方面軍が実施した攻勢作戦の中で、戦車軍は方面軍攻勢の作戦的縦深で戦闘作戦を実行した。敵は強力で卓越した技量を有していた。時に戦車軍は他の諸兵科連合軍から離れ独立して戦闘し、そして重い損失に苦しんだ。
 人的損失について、軍レベルで最大10~15%(※これは戦力差が拡大した1944年以降。1943年後半期攻勢は20~30%。第4項に後述)、軍団または旅団では最大40~50%、大隊では70~80%にまで達することがあった。大半の事例で、戦車軍は人的および装備の深刻な不足に苦しみながらも、作戦を継続し敵を打破した。

 攻勢作戦における戦車軍の実戦経験の研究は、この数年間の戦争中にはありとあらゆる措置がとられ、何よりも高い士気を保ち、兵士の戦闘能力を維持しそして回復させたことを明らかにした。
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 16世紀、中~西欧において銃の性能と戦術の発展は、他の様々な要素と絡み合いながら戦場の様相を少しずつ変えつつあり、異なった度合いながらその事象は世界各地でも見られました。今回は西アフリカ戦史において重大な契機と捉えられ、そして幾つかの誤解をかつてされていたBattle of Tondibiについて記します。

 この戦例の中では戦史で注目される幾つもの事象を見ることができ、非常に意義の深いものとなっています。

・火薬技術と戦列銃兵について全く未知の軍が、火薬にあまりにも偏った依存をした軍と対決した
・モロッコ軍歩兵において銃兵が占めた割合が50%を超え、更に殆ど槍兵がおらず戦闘した可能性がある
・銃兵vs騎兵の発生
・銃兵vs弓兵の直接的対決が起きた
・包囲戦術の敗北
・牛の突撃または塁壁化戦法
・砂漠を横断する長期行軍とその膨大な損失
・会戦に勝利できても後の広域の統治支配を行える軍ではなかった
・宦官の指揮官
1591battle of Tondibi_GIF

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2020年9月末から開始されたアゼルバイジャンとアルメニアのナゴルノ・カラバフ戦争は年内に停戦合意に到り、その期間の短さから44日間戦争と一部で呼称されている。内戦やテロ掃討戦では無く国家同士の戦争であることからシリアやイラクの内戦とは違った着目の仕方をされた。両国のリソースが中小規模であったことは、そこで見られた軍事的事象を先進諸国に適用できるかに関し慎重になる必要性を生んでいる。それでもこの戦争で両国の軍隊は諸外国が注視する意味のある様々な教訓を示してくれた。その1つは作戦‐戦術レベルにおける伝統的なマニューバの有効性である。

 ※本稿は政治的な活動とプロパガンダ、情報戦、諸外国の支援は範囲外とし、アセットを有した状態から発起された軍事作戦のみを対象とする。
azerbaijan offensive 2020

 結論から述べると、アゼルバイジャン陸軍の行った作戦は古典的な迂回マニューバである。また、その手法も伝統的な戦線突破及びその後の拡張メソッドそのままだ。航空戦力は著しい脅威を継続的にもたらし、砲兵は偵察の情報を基に戦果を挙げ、機甲は作戦的に重大な役割を果たし、そして歩兵はその足で戦闘終結のための決定的なタスクをこなした。各兵科の投入タイミングと位置は見事な水準で調整されていた。
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2020年8月までにロシア連邦軍は全ての軍管区でシリア式塁壁とタンク・カルーセルの演習を経験させた。厳しい予算と政治的制限の中、彼らはシリア内戦の戦訓を取り込み将来の戦争のために最先端の戦術を行える軍隊であろうと努力を続けている。米国の軍事研究者は市街戦の増大傾向が止まらないことを踏まえ、かつての野戦を主眼としたデザインの軍隊から変化し現実に直面する戦場に適応する必要性を訴えている。その中にある性質の1つが最前線で活動する工兵の再拡大である。それは戦術的対応の細小化の傾向及び、進化した技術の影響と組み合わさり、小規模編制における機甲+歩兵+工兵の一体化を現出した。本稿は工兵車両、特に大きな変化を戦場にもたらしつつあるブルドーザーを中心に据え、その一体化運用の具体的な事例とロシア軍がシリア戦訓として正式に取り入れたシリア式塁壁について紹介し、資料集覚書として作成した。

 戦闘区域以外や架橋や火炎放射といったものを別とし、ドーザー建機系の工兵がシリアの最前線で見せた活動は次のものがある。
 ①地面の掘削による陣地構築
 ②建屋そのものの破壊
 ③街路の障害物撤去(除去移動だけでなく埋立て含む)
 ④戦闘区域内での土塁の建設
 ⑤歩兵の盾
 ⑥囮
これらの内①陣地構築のみなら冷戦期でも当然のこととして扱われていた。それに加え00年代の米国の戦争は③撤去による通路開拓の重要性をこれまで以上に評価した。同時に内戦前のアサド政権やイスラエル軍が行っていた②大型ドーザーで建屋そのものを破壊する戦法も有効性を確認することになった。イランーイラク戦争で既に報告があった⑤歩兵の盾としての役割もイラクとシリアの内戦で再び見られた。歩兵が携行できるミサイル型兵器および張り巡らされたIEDは戦車や歩兵戦闘車への脅威を増大させ、戦術上工兵車両が彼らのために⑥囮に近くなる場面もあった。特色性のある戦法として、敵攻撃範囲内でブルドーザー等工兵が活動して「建設」を行い④即席土盛りを作り上げることが今着目されつつある。その一部がシリア式塁壁である。
 これら全てが工兵の最前線での攻撃行動における活動量増大を促進し、そして機甲+歩兵+工兵車の小規模単位での一体化を生み出した。市街戦を避けることは現実的でなく、むしろ増大の一途を辿っている。新戦術として誇大に報道する姿勢には同意できないが、かつて予言された市街戦の戦闘はシリアの惨害を経て、強度市街戦へ適応した編制と戦術、戦闘技法が次のステージに入りつつある。

Urban warfare is a deadly business
and a growing prospect for future conflicts as global urbanization trends continue.

[ Kendall D. Gott, (2006), "Breaking the Mold: Tanks in the Cities", p.111 より抜粋]

Engineer_Infantry_Armor_Combined attack into urban

※戦車は市街戦で使うべきでないとする価値観へ、市街戦研究者達は一様に反対しむしろどれほど戦車が市街戦で効果があるかを述べている。補足としてその話の記事を別途作成した。下記リンク参照。
【補足:市街戦における機甲の重要性と機略戦終了議論の簡易説明】
http://warhistory-quest.blog.jp/21-Sep-18
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 現代強度市街戦における小規模部隊での機甲+工兵+歩兵の一体化に関する資料紹介記事の補足として2点記しておきます。
【強度市街戦での工兵再拡大及び機甲と歩兵との一体化】
http://warhistory-quest.blog.jp/21-Oct-11

①市街戦に於いて機甲車両は非常に有用であり、それはWW2~最新の戦例によって明確に証明され、市街戦専門家たちの支持を得ていること。

②市街戦時代の到来によって戦場は陣地戦と消耗戦の性質を色濃く示すため、Maneuver Warfare理論は大きな変化を求められている。その解釈として、King教授を筆頭にそもそもManeuver Warfareはもう終わったと唱える者たちが居る。それに反対する意見もあり両者には前提認識のくい違いがあるが、いずれにせよ現代軍が直面する現実として、『positional warfareの拡大』または『maneuver warfareの都市環境適応化』が求められている。

 日本のみならず米軍内でも戦車は市街戦では使えないという認識の人が意外なほどに多いようです。彼らに市街戦研究者たちは少々いらだっているようですが、その有用性が証明されていることを粘り強く何度も説明してくれています。
 Maneuver warfare終了説はだいぶ前からありますが、King教授はかなり強く主張しているので色々と議論を呼んでいます。

< 以下詳細 >
Battle of Mosul_20161107
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