【突破行動の分析】

2-1. 概説

 突破(Penetration)について 米軍野戦教本 FM 3-0では「突破とは敵の防御を崩壊させるために狭い正面で敵防御施設を分断しようとする攻撃運動の1形態」と定義されています。

Maneuver-2_基本図
    突き破られた側は新しく造られた側面へ急遽防御態勢をを整備しに行かねばその突破口から側面攻撃、後背攻撃、ひいては更に後方の重要陣地へ突撃されてしまいます。そうなっては部隊の戦闘を勝利に導くことは極めて困難となるでしょう。つまり基本的に突破が成功すれば攻撃側は優勢となりその後敵部隊へより効果的に攻撃できるようになります。

 それ故に古来より戦局を決定づける重大要素として注目され、突破を成功させるために様々な試行錯誤がなされてきました。

 正面攻撃の結果として突破が現れること、狙うことがあります。ただし正面攻撃は敵戦力の消耗が基本的に効果として見込まれていますが、突破は敵の間隙部などを狙うことで味方の損害だけでなく敵の損害もほぼださずに突破という結果をもたらす場合があります。

2-2. 突破の効果



 突破には先に上げたものを含め多くの効果があります。一部を下記に列挙します。

① 敵部隊の分断
② 敵戦線に新たな側面部を生み出す(しかも我軍の攻撃部隊が既に進行できている近傍)
③ 敵戦線の後背へのアクセス路を確保できる
④ 敵戦線の更に後方にある拠点部へ侵攻できる入り口を作れる
⑤ 敵戦線への心理的な動揺を与える
⑥ 敵予備を消費させることができる
⑦ 味方に新たな情報を与え、敵へ情報の混乱をもたらす
⑧ e.t.c...

 以上のように、目の前の敵を確実に撃破し押しのけなければならぬ困難さと引き換えに絶大な効果をもたらします。
 ただし突破したから勝ちが決まるというわけでは決してありません。そして突破してからどうするかという問いこそ今なお専門の軍事研究者たちが考察を続けている至要たる項目なのです。

 そして突破の効果は絶大ですが、やはりその難易度及び危険性から米軍野戦教本FM3-90 "Tactics"では下記のよう明記されています。
 「激烈な側面攻撃が不可能で、敵防御が引き伸ばされ過ぎて弱点が見受けられる時か、包囲攻撃が認められない、これらの場合に指揮官は突破を採用する」

 つまりまず側面、包囲攻撃を考えた上で次に突破を考慮事項とする優先順位が明確化されているのです。では、その理由を続きに記します。

2-3. 突破プロセスと選択時考慮事項


 突破には基本的に次の2つの段階を考慮して遂行する必要があります。

 1.突破口形成(Breach)
 2.突破拡大(Expanding)
Maneuver-2_Breach of penetration
 まず突破口を開けれなけれなければ敵の防御ラインの目の前で多くの部隊が立ち往生してしまいます。ですのでそのための試行錯誤を行いますが、この際に戦術的に守ったほうがよい代表事項がいくつかあります。
 
 ・突破を行う狭いポイントを絞ること。例え戦線の長大な領域の複数箇所で突破を遂行する場合(例:WWⅡ末期 ソ連軍戦術)であっても突破箇所を選びそこを主攻とすること。

 ・突破を行う部隊は練度の高く、確実にそこが突破できると想定できる部隊であること。

 ・突破部隊は突破口を開けた際に少なくとも正面、左側面、右側面へ展開できることが望ましくそのためにも戦力の集中を行うこと。
 (ただ突破口を開けた瞬間に力尽きるような状況になってはならない

 ・主攻勢を補佐する助攻をセットすること。
  上図で米軍は「拘束 (Fix)」と「囮(Feint)」を両脇に基本概念として描いています。
  (戦例:ブレンハイムの戦い_マールバラ公の突破)別途詳記

 ・助攻は戦力が許すなら何箇所設置してもいいが、少なくとも主攻の側にあるのが望ましい。
  (村松 著 『戦術と指揮』p115)

 ・突破口を開けに突撃し失敗した際の被害は甚大となるため絶対に避けなければならない。そのためにも指揮官は充分な予備を用意し各種不確定要素に備えること。

 ・何度も突撃して敵防御の亀裂を少しずつ大きくし最終的に穴を開けることは戦史上珍しくはないが次善の策ではなく苦肉の策と考えること


 続いて突破口を形成することに成功したら、そこから戦果を拡張することも含め拡大していきます。

Maneuver-2_Expanding Penetration

 突破部隊だけで敵の撃破は困難でありその友軍による拡張があって初めて打ち負かすことができると考えるべきです。(FM3-90より)
 その際には以下の点を少なくとも注意するべきです。

 ・突破口ができたらそれを確保する部隊を両側に置く。(上図の突破口の両脇の緑)
 ・突破口確保部隊は速やかに陣地展開し出来る限り築城を行う。
 ・突破口を形成した部隊の損耗度及び補給状況を確認する。
 ・突破口付近の敵陣地情報を再度確認する。
 ・後続を必ず速やかに投入し戦果拡張を図る。

 最後の項目の戦果拡張という行動にはバリエーションが有り現在は各国時代のドクトリン個性が強く現れる箇所となっており実に興味深い点です。その戦例を紹介する前に敵防御側の反応例をいくつか挙げてみましょう。
Maneuver-2_ブレンハイム

2-4. 突破に対する防御側の反応


 まず突破しようとしてきた段階で集中砲火が行われます。更に現代では阻止砲撃が後衛にまで含め行われます。
 (戦例:2018年2月7日デリゾール域で突破を図ったシリア軍後方発起拠点への米軍の空爆)
 
 続いて防御が保たないと予測できた時点で前線各部隊が持つ予備の投入及び攻勢が弱い付近の部隊から抽出を行い突破点の防御を分厚くしてきます。
 (戦例:カーディシーヤの戦い)

 多少押し込めても敵増援が迅速にかけつければにすぐ押し返されます。
 (戦例:ヤルムークの戦い)別途詳記
Maneuver-2_ヤルムーク
 突破口を作れば必ず敵はそれを埋めようとしてきます。突破口を確保し後続が前進しても敵が⑥の軍予備投入などで逆襲してくれば突破部隊が壊滅する可能性もあります。
 特によくあるのが突出する形になっている部隊をその側面から反撃するパターンです。側面攻撃の形になりますので効果的ですし敵は突破後に消耗している可能性が高いと考えられます。
 もし後方へ進撃した後で突破口付近に敵が反撃してきて突破口が閉じられてしまったら一挙に後方連絡線を絶たれて崩壊寸前の包囲にひっくり返ります。
 特に突破のために前進すると補給に不安がある場合が多いことも崩壊に拍車をかけます。
 この性質を利用し、わざと突破を狙わせておいて包囲に持ち込む戦術は古今東西で見られます。

(だからこそ突破側の対応を記した2-3.において両脇を固めるExpanding 図の緑はその対策のため重視されます。)
Maneuver-2_反撃例_シンヤビノ
 (戦例:シンヤビノの戦い_マンシュタインによるソ連軍突破部隊包囲殲滅)
 
 広域において、敵を消耗させながら前進させ反撃で押し返すことを最初から考慮にいれたのが縦深防御の各バリエーションとなります。敵攻勢がピークに達する前線ラインにはこだわらず柔軟に戦うやり方です。こうすれば防衛第1線を突破されても部隊の背後を突かれることは少なくなります。
 弾性防御パックフロントはその典型です。(別途詳記)
 (参考:1916年ルーデンドルフの西部戦線方針「陣地戦における防戦会戦統帥要領」)

 後方にいくつもの方陣を用意しておいて、突破してきても全方位対策できているようにするのも近代で考えられた対策です。
 (戦例:ワーテルローの戦い_ウェリントン公爵の反斜面方陣群)

 いずれにおいても予備隊の準備と投入の判断が成否の鍵となります。
 突破側の助攻によって拘束・妨害されてしまうほど準備が少なくてはならないし、尚且つ囮部隊にひっかからないように適切に見極めてから投入しなければなりません。
 足りない増援を突破地点に慌てて送って体勢も連携も整わない状態では各個撃破されるだけです。
 (戦例:バルバロッサ作戦発動初期におけるスタフカの対応)
 大混乱の中ならばまだ各陣地拠点にこもらせた方がいい場合もあります。

 そして時に突破を行おうとすることで守備側が予備を使わざるを得なくなり、次の行動の主導権を失うことを踏まえ作戦を組む優れた将軍がいることも特筆すべきです。
 (戦例:アイラウ、ワグラムの戦い_ナポレオンの突破試み)

 そしてこれらに加えリスクは高いですが「退却」という選択肢があります。

 その他多数の対応が築城戦、野戦築城状態、野戦において存在します。それらは今後個別に紹介していきたいと思っています。
Maneuver-2_ソンムの戦い_弾性防御

(戦例:ソンムの戦い_塹壕複線陣地への突入_大損害と僅かな戦果)

2-5. 突破後の戦果拡張のための目標


 さて、2-4の防御側の対応例を踏まえた上で再度2-3の後半「突破拡張 Expanding」の説明にはいりましょう。
 突破後に梯団の後続を得て次の攻勢へ連続的に移れる段階になったとしてどのような攻撃目標が有効であると考えられるでしょうか。
 それを考える上で重要なのは敵に態勢を立て直させないようにするという点です。
 そして侵攻する部隊の進軍距離によって以下の3段階に目標の範囲は分別されます。

近距離
・突破口両側に未だ展開する敵軍戦列の側面
・同上の後背
・前線部隊を直接指揮している司令部
・野営地
・間近の地形的緊要用地(高台、橋、道路交差点)
・退却を始めた敵軍の追撃
・e.t.c...

中距離
・補給前線集積基地
・近隣一帯を統括する高級司令部 
・前線通信施設
・付近の地形的緊要用地(橋、港、高台、幹線道路、バイパス)
・e.t.c...

遠距離
・補給後方大集積地
・戦域を管轄している高級司令部
・後方通信集積施設
・資源地帯
・工業地帯
・政治機能中枢系
・交通網中枢系
・e.t.c...
 
 まず間違いなく近距離目標、即ち目の前の軍の撃破こそが信頼性のある高効果目標です。
軍隊が残存すれば取り返せる可能性はまだあるかもしれませんが軍が消失すれば何もできなくなります。

 ただし近現代では常識化したように後方への進撃は大いに影響をもたらします。理由の一つが戦場の広域化に伴い軍戦力を一気に壊滅させることが難しくなったことです。敵部隊の1つを撃破している間に予備や後方陣地、抽出で反撃を受けてしまいます。
 よってそもそも反撃できないように後方の補給基地や交通網そして指揮系統を破壊して麻痺させた上で孤立した前線各部隊を各個包囲し撃破することが最も我軍の被害を少なくかつ戦果を最大化するものという軍事思想を思索するのも一つの答えです。
後方進撃に関する思想を無理やりまとめるなら下記2点になります。


① 突破口形成後、突破口の両脇への攻撃を重視し突破口を大規模に拡大し最終的に複数の突破口を連結し戦線に巨大な制圧地域を作ることで多少の予備投入ではどうしょうもなくし反撃の可能性を消失させる。次に大規模な梯団を投入し一挙に縦深く敵後方へ突進する。

② 突破口形成後、敵後方の指揮系統や交通要所に急進することで敵域軍全体を麻痺させ反撃をできなくすることを狙う。次に包囲殲滅を行う。

(これは簡略化した概念であり実際はより複雑であることに注意)

 特に後者はドイツ軍の(軍事的な意味の)電撃戦、機動戦思想と深いつながりがあり、
前者はソ連の火力主義と縦深戦理論(ソ連流の機動戦含む)の適合性があるため、どちらが優れているか未だに断言をできない状態にあります。
 (別途詳記)

 WWⅡ以後においてこの2つの選択肢はどちらを選択するべきか各国のドクトリン、国政、地理的状況などに照らし合わせて激しい議論が行われきました。例えば純粋な戦闘効率で優れていても平時の予算問題などで非現実的であったりする場合などがあります。もし正答というものがあるとすれば各国の軍人たちが苦心の末に選んだ道こそがそれに最も近いとしか言えないかもしれません。

 部分的に共有できる原則はあれど1つの手法を全世界に適応できるという考えは強く戒められます。
 (各攻撃目標距離ごとの注意点は別途詳記)
 

2-6. 概括

Maneuver-1_グラニコスの突破
(戦例:グラニコス川の戦い_アレクサンドロスによる翼を囮にしてからの正面攻撃→中央突破)

 突破(Penetration / Break Through)は基本的に困難な戦闘行動であり、行う前により被害が少なく効率的な手法をまず検討する必要があります。
 そして行うと決めた場合はそれが必ず成功するように助攻や予備を含む準備を充分に施してから行うべきです。
もし失敗した場合の損害は甚大で逆襲で仕掛けた側が崩壊することすら考えられます。
突破できても被害が大きすぎてその後の戦果拡張がうまくいかなければ作戦・戦略次元においては失敗と言えます。
 よって連続的な後続の投入により戦果を拡張する具体的な方向性まで作戦の中に最初から折り込むことを怠ってはなりません。

 そしてこれらのリスクを踏まえた上で、突破成功によってもたらされる効果・影響が絶大なものとなることを認識することで初めて使えるようになるマニューバなのです。