turkish air bases トルコ軍及びTFSA(親トルコ系自由シリア軍)のアフリン州におけるSDF(YPG等クルド中心のシリア民主軍)への攻勢「オリーブの枝作戦」が開始され多少の遅滞はあれど大方において進軍は成功している。その中でトルコ空軍は重大な役割を果たしている。初期においてはアフリン市街などの戦線後方拠点、SDF移動路といった点に対する戦場航空阻止の攻撃、そして戦線付近での近接航空支援などで多くの報道がなされている。
 今回は作戦の前期、中期、そして後期にそれぞれ分類し、各段階におけるトルコ空軍の爆撃地点に注目しながら陸空の連携を一部であるが紹介したい。これは報道が基であり、トルコ軍の公式戦闘記録が将来発表されれば再度検証する必要がある。
(画像ソース:https://www.globalsecurity.org/military/world/europe/airfield-tu.htm )
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関連別拙稿:ユーフラテスの盾作戦

operation123

トルコ空軍の制限条件

 トルコ空軍の陸軍支援のための対地攻撃は3つの基本パターンに従っている。
① 最前線に近い箇所、あるいはまさに戦線上に対して直接航空機が攻撃を行う方法
 (近接航空支援CAS
② 前線の少し深い後背地帯(予備集結地点、交通要所、指揮系統情報拠点、他)を戦術爆撃する方法
 (戦場航空阻止BAI
③ より後方の重要地点(物資集積、前線指揮中枢、交通要所、他)への深い作戦領域の航空攻撃
 航空阻止 Air Interdiction:AI
(これらは境が曖昧で、特にBAIは混同されることがある。あくまで表記は参考程度に。重要なのは実際の地点である)

 砲撃と戦術爆撃はほぼ同じ役割を果たすことがある。今回は速報報道型ニュースが混同している可能性が考えられることもあり、誠に申し訳ないが一部を分けずに表記する。即ち空爆・砲撃という扱いになる。
(情報が判明次第、「山岳地帯での砲兵の運用」として独立して記載し直したい)
 これらに加えて戦略爆撃が存在しているが、戦術爆撃・砲撃の方に重点が形成されている。それには理由がいくつかある。
 
 作戦において軍隊を縛る条件というものが必ず存在する。今回の制限条件はトルコ空軍がその全力をほとんど投入できていないことからかなり厳しいものがある。NATO加盟の準先進国であるトルコ空軍は比較的大規模な戦力を持っているが、オリーブの枝作戦の航空戦力投入量はとてもその総力とは言えない。隣接国家であれば投入しやすいはずだが、政治的・経済的背景の影響が強い。更にシリア政府・ロシア軍との関係上、時折その防空網の影響を受け、自重している様子が散見される。
 例えば2月初旬にシリア政府軍が北域防空網を強化した際にトルコの航空機が侵入を減らした。その後外交報道がいくつかあり中旬には完全に復活している。
(ソース:https://www.reuters.com/article/us-mideast-crisis-syria-defences/syria-deploys-new-air-defenses-in-north-commander-in-pro-assad-alliance-idUSKBN1FP2SC
https://twitter.com/CivilWarMap/status/961233712456364032)

 これらの制限条件の下に軍部は作戦を構築していくのを基本とする。
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 軍事理論の理想上は、飛行が妨害されない制空権を得て圧倒的な量の空爆を、戦線地点、戦線縦深地点、更に後方の戦略的地点に対して同時に、完全に敵が麻痺するように行うとされる。しかし現実的に完全な制空などできることはその兵器性質上難しく、「航空優勢」という表現が正しいと言われる。更に作戦空軍は限られたリソースのために同時全縦深広域爆撃など普通の国はできない。よって軍人たちは空爆地点の優先順位を付け削り落としていかなければならないのである。

 ほぼ同じ条件が陸軍にも適用される。端的に言うと米軍と同じ圧倒的優越はできないのである。足りない戦力で同じことをしようとすると時に自滅することすらある。該当国にあった作戦/戦術を考えなければならない。
 しかしそれにしてもトルコ首脳部の許可した投入量は少ない。
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2月時点で確認されているトルコ空軍の使用戦力及び基地は以下

【オリーブの枝作戦開始初日の投入航空戦力
  航空機 72機(約25%がF-16, 残りがF-4等)
( ソース:http://edam.org.tr/en/operation-olive-branch-a-political-military-assessment/ )
(75機と最初報道した所もあったが恐らく誤報かカテゴリが違う)

参加確認された航空部隊 】(2018/2月時点)

 第8航空基地司令部 (所属 第181, 182航空スカッド 第202通信探索航空スカッド)
  ディヤルバキル空軍基地( Diyarbakir Air Base) より出撃    

 第3航空基地司令部所属 第132航空スカッド 通称”ダガー” 
  コンヤ基地からインジルリク空軍基地 (Incirlik Air Base) へ移行した後に出撃
    最低でも12機のF-16が出撃
     インジルリク基地を元々使用している第10航空輸送司令部は未確認
 ( ソース:http://www.hurriyet.com.tr/afrindeki-bombardimana-hancer-filodan-12-sav-40717055 )
distance from air base_20180317

 その他、ドローンを多数使用。
 基本的には、隣接国家においては複数目標を予め入念に特定しておき作戦初期に一斉に爆撃するため一日当たりの投入機数は最大規模となるものである。(勿論段階的に分ける必要はあるが逐次で増加させることは少ない)加えて後の期間は72機以上の報道は確認できない。
 よって基本的に72機以下で運用されていると考える。
←【要再確認】
※インジルリク基地は米軍がシリアでの作戦のために使用していた実績がある

前期作戦基本方針 概略

 突破口形成及びその拡大、連結を行っている。
 <追記>

前期における航空支援の傾向

【突破口形成時】

 トルコ空軍はオリーブの枝作戦を始めた最初期において、突破口作成予定地点の周囲のCAS、戦線後方各重要地点へのBAI、後方拠点へのAI攻撃どれもほぼ同時に爆撃を行っている
 同時縦深攻撃の小規模版とも言えなくもないが、そこまで大仰な表現は誤解を招くだけかと思う。
20180121
<2月20日深夜~21日オリーブの枝作戦開始最初期の空爆地点>
(画像ソースはトルコ系サイトSuriye Gundem 以下同種MAPは同ソースi)
※図の青丸が空爆・砲撃地点

攻撃地帯をざっと列挙してみると以下のようになる。
・突破口付近(前線地帯)
・突破口付近以外の戦線(前線地帯)
・ジャンダリス町のような戦線の少し後背の地帯(縦深地帯)
・中央アフリン市周辺(後方地帯)
・東南のSDF増援路(後方地帯)

 「突破口以外の戦線」にも爆撃を行っているのは様々な理由が考えられる。例えばそこが突破口であると偽装する意図、突破口へ敵が部隊を抽出して移動する前に叩く意図、後の突破口連結の事前爆撃などである。もちろん本当に突破口だったが単純に失敗変更したという可能性も否定できない。

【突破口拡大時】

 突破口拡大時は投入航空戦力量は最初期ほど多くできてない。そのためにトルコ空軍は目標を絞り込む必要性をより迫られたことは疑いようがない。
 大方の航空支援がCASで突破口各地点に行われている。アフリン市街や山岳地中央最大の町マアバトリへのAIも多くはないが断続的に行われている。SDF要塞地点に2~3日集中することはあっても全体に渡る航空支援の地理的集中指向性は特に無く、突破口付近掃討のために陸上部隊の要請に柔軟に対応している様子である。
←【要再検証】 

<追記>

【戦略爆撃】

 異彩を放つのが2/19~2/24までの6日間で行われた東南部への爆撃・砲撃である。
(下図の赤色地帯の上青丸の爆弾マークが空爆・砲撃地点)
 2/18には全くその気配はなく、2/19に突如東南部に爆撃が何箇所も行われ(他部の爆撃量が減り)、4日間それが続き、2/23に東南部の爆撃が減り始め(北部爆撃が復活し)、2/25に消失。
 タルリファット等や東南部のシリア政府域そばに対して行われている。この時点では陸上部隊はその近辺に近づいておらず、それどころか前進を全く開始していない領域である。AIではあるものの他とは傾向が違う。SDFの拠点がここで展開され始めていたわけでもない。にも関わらず他地点の空爆量の減少から見るに限られたリソースをトルコ空軍はここ東南部に集中させている。考えられる理由は以下3つである。

・シリア政府域経由でやってくるSDFの増援を防ぐ。
・シリア政府系軍の参入を防ぐ。
・シリア政府への事前の牽制
20180218201802192018022020180221






  < 2018/2/18 >       <2018/2/19>         <2018/2/20>      <2018/2/21>
20180222201802232018022420180225





    < 2018/2/22>       <2018/2/23>         <2018/2/24>      <2018/2/25>

 実は後者2つは関連する報道があった。16日頃にシリア軍がアフリン地域へ配備を決定したと報道した。
(ソース:https://southfront.org/damascus-government-rreached-agreement-with-ypg-over-afrin-area-al-mayadin-tv/)
更に19~21日シリア政府系の民兵組織が数十~数百人アフリン州(郡)へ入り込みそれをトルコ軍が爆撃、砲撃したのだ。
(ソース:https://uk.reuters.com/article/uk-mideast-crisis-syria-afrin-hezbollah/pro-syrian-government-fighters-start-to-enter-afrin-hezbollah-media-unit-idUKKCN1G41TN?il=0
http://www.middleeasteye.net/news/syrian-pro-government-forces-seen-moving-afrin-aid-fight-against-turkey-433640662
http://www.jpost.com/Breaking-News/Erdogan-says-pro-Damascus-Shiite-forces-repelled-by-Turkish-artillery-543166)

だが20日にYPGもトルコ政府も否定。トルコ政府はSAAが介入をしないよう名指しで牽制した。 
結局シリア政府正規軍は動くことはなく、僅かな民兵組織では継続性が無かった。

 即ちこの東南部への6日間弱の爆撃はシリア政府系への威嚇牽制としての戦略爆撃であった可能性が高いということである。もしそうであれば限られた航空戦力を即座に集中させたトルコ空軍司令部の決断は特筆に値する。

 一方でこの時期すでにSDFの増援の報道が減っている。戦況が悪化し諦めて被害をこれ以上増やさないようにしたとも考えられるし、こういった進入路が容易に捉えられて爆撃されることを示され入り込みづらくなったとも言える。よって戦場航空阻止AIとして最初期から行ってきたものが一時期活性化したと見なすこともできなくはない。続いて始まる中期攻勢のためという面もある。

中期作戦基本方針 概略

 この中期攻勢はシンプルな挟撃→包囲作戦である。それまで(前期)に各突破口拡大及び連結を行ってから、平野を主軸に進みアフリン市を挟撃、包囲する方針と思われる(政治的背景から多少急がされた可能性はあるが)。山岳地帯も主軸の両脇で並行して進軍しているが前期のような山岳全体を満遍なく掃討していくようなやり方でなく、主軸支援のための進軍を優先している。そのため掃討は充分ではないかもしれない。だがSDF側も前線を突破されたあとの防衛施設群が思ったより薄く、増援も乏しいため中期は成功したと言っていいと考える。アフリン市街には一気に突撃することはせずに周囲を制圧し各部隊を連結させていく。この方針は一貫している。
20180301_Afrin pincer Phase start

divided area during middle この挟撃を行う部隊と、北西部の山岳地帯の制圧を継続する部隊の2つに分けて考えた方がわかりやすい。
 ミーダーンキー貯水池と南西部山岳連峰を結ぶと偶然かもしれないが綺麗に線がひける。このラインで山岳掃討継続部隊と突進及びその周囲制圧部隊がわけられる。
 分かりやすくするため突進挟撃を行う部隊をそれぞれ東北部隊南西部隊と仮称したい。(実際はこんな大雑把な分け方をしているはずがないが)
 航空支援の量が挟撃部隊のほうが多く、北西の山岳地帯制圧のための支援空爆は前期ほど多くないように感じられる。
 ←【要検証】

 もちろんトルコ空軍からすれば両方に爆撃を大量にしたかったことであろうが、それができるほど彼らは戦力の使用を許されていなかったのは明らかである。
 この時期はディヤルバキル空軍基地の第8航空司令部から飛び立つ戦闘機の報道はほとんど見つけられない。もはやインジルリク基地のみがメインでそれ以外は補助的活動しかしていない可能性すらある。それほどトルコ空軍のこの作戦での投入量は少ないのである。
 ただし平地では山岳地帯より砲兵の補給と移動が楽なため、防護さえできれば火力投射量は増やすことができる。

中期における航空・砲兵支援と陸軍侵攻先の傾向

 (深夜に移動していたであろう3/2から中期と言えるかもしれないが)挟撃攻勢を開始した3/3以降を作戦中期と定義したい。中期において陸上部隊は進行速度を大きく上げる必要があった。剥き出しの平野は防護構築が難しく止まっていると周囲から襲撃を容易に受けてしまうからである。そのために限られた戦力の航空・砲兵支援に要求された活動はいくつかの傾向が意図したにせよしていないにせよ顕現している。日を追って詳細に見ていくこととする。

【2/26~3/2】 攻勢準備

 2/26夕刻~3/2日(5日間)は後に挟撃を遂行する陸軍の東北部隊と南西部隊は前進活動が異常に少なく進軍準備を調整していたことはほぼ疑いようがない。27日までにアフリン州の外縁部の各突破口を全て連結を達成している。前進の条件は完了されていた。3/2深夜または3/3明朝に挟撃作戦が開始されたと考える。
air assult_20180301
 この準備期間において前進予定地点付近の空爆は少ない
 制圧中であった南西のジャンダリス町と北東戦線のシャッラーン町へ僅かに爆撃が見られただけである。それも準備期間中の戦線を乱されないようにする役割を果たしたといった所であろうか。下手に敵に威力偵察されバレてしまっては元も子もない。もちろん敵部隊集結が確認できそこに柔軟に行った可能性もある。
 準備爆撃・砲撃が長い場合は敵に進撃の予定を気づかれ予備を準備されたり防御の警戒をより一層強められてしまうことを招く。もちろん粉砕できるほど高性能で大量に爆撃ができればするであろうがそのようなリソースは前述のようにトルコ空軍は与えられていない。
      < 2018/3/1 >

 この地点は平野部であり砲兵展開が困難だったとは考えにくい。よって節約奇襲性を発生させる意図をもってこの選択をしたと考える。
 (WWⅠ末期やWWⅡでも同様の短期間準備砲撃・爆撃戦術選択が行われている)

 一方で北西山岳地帯ではやや減っているが継続して空爆が行われており、そちらがメインであるかのように偽装効果も期待もしていたであろう。

【3/3】挟撃攻勢開始

 北東部隊と南西部隊がアフリンへ向け平野部とその脇の山岳部での急進を開始した。これに伴い空軍の爆撃もこの地点に活性化している。
air assult_20180302air assult_20180303












       < 2018/3/2>                    <2018/3/3>

 3/3は北東部山岳地帯でも爆撃が絞り込まれているがこれは以前より継続されていたものである。
 CASまたはBAIを進軍地点に徹底集中したことが明確に現れている。敵戦線に突破口を最速で連続的に形成する意図である。
 これにより陸上の東北部隊と南西部隊は共に前進に成功している。

 後方地点には航空戦力をほとんどふりわけず。進軍する前線地点すぐそばのCASに戦力を集中させるのがこの中期(挟撃のための急進)における空爆の特徴である。

 逆にこの空爆のある地点こそが陸上部隊の優先進軍エリアであると見なすことが一部できる時期がある。他の戦線地点でもSDFの抵抗は続いているのだから、敵がいるから単に爆撃しているだけというわけではなく空爆方針がしっかりと決められているのがわかる。平野部進軍部隊と山岳掃討部隊で役割を明確にわけたことは中期方針概略で述べたが、空爆でもそれが現れているのである。
 以下は特に前線地点を拡大して見ていくこととする。まず南西部隊の進展を通して紹介し、それから時を戻って東北部隊の進展を追っていく。

南西部隊の戦い

【3/4】進軍開始_南西部

south-west_map 南西部の地形的特徴は大きな町であるジャンダリス町があり、そのすぐ北に山岳連峰(標高700m級)そして山すそにいくつかの比較的整備された村々が接続されていることである。町村の中間は畑が広がり陣地構築に適した場所がほぼない。
 よって陸軍は各町村を目標として確保していくために前進する。中間地点で強固な戦線は構築せず薄い警戒線を敷いて置き拠点ごとに出撃する形となった。

 最も着目するのが北の山岳連峰である。山岳の各拠点はトルコにとって落とすのに手間がかかり、北に展開しているSDFの各部隊はここから攻撃が活性化したジャンダリス周辺へ抽出されてかけつけることとなる。(南はトルコの停戦監視区域としての制圧地が以前よりあるため動きづらい)
 どうやらSDFが重要な中継結節地点(node)として使用していたのがMiske村周辺であったようだ。この村は山すそにあり、ジャンダリス町から北に5kmいった地点に存在する。この2つの地点は同時制圧するにはトルコ側にとって広く、SDFからすれば徒歩1時間もかからずつける好立地である。
south-west_20180304 3/4の時点でジャンダリス町とその真近くの村々に対し西部、南部は制圧し更に東端の村(Ramadiyah村)まで勢力を伸ばし、特に東端にトルコ空軍がCASをして外縁部を確保した。町中心及び町北側の抵抗はまだ続いており、北の連峰からジャンダリス町への増援や、町を包囲しつつある部隊の外側への襲撃を受けていた。

 この3/4前後でトルコ系陸軍は重大な決断を迫られたはずである。目前に迫るジャンダリス町制圧と並行して何をするべきかという選択だ。
 挟撃の逆側を担当する東北部隊は山岳地帯の激戦をくぐり抜け前進している。遅れては友軍の負担を増大させてしまう。ここで眼の前の町の攻略に戦術的に没頭するわけにもいかない。作戦的な視野での判断が必要だった。
< 2018/3/4 アフリン南西部 >
south-west_20180304_plan かといって町の制圧を疎かにすれば後顧の憂いとなることは確実である。町の抵抗力を充分に削ぎ、なおかつ前進を続けなければならない。厄介なのは町の北側、即ち抵抗拠点の町中心と北の連峰の村々との間に位置する地点である。
 ジャンダリス中心を制圧することと、ジャンダリスの西側の部隊が北東方向に前進する(左図のオレンジ色矢印)は確定事項であった。そうしなければ突進部隊が敵に側面を晒して細長く前進するはめになるからだ。



 東端の部隊が考えられた選択肢の主な2つを列挙したい。
① 西側部隊の前進を支援する形で北西に進み両翼包囲する形状をとる。(左図色)
② ジャンダリス町中心を制圧しながらアフリンへ向けて前進を再開する。(左図色)

 両方を行える戦力があれば良かったのだがどうやら全く足りていなかったようである。だからこそ前線指揮官たちの頭脳の発揮し所であったとも言える。
①の包囲挟撃をとればジャンダリス町北域の敵勢力の排除は最速で進む。今後の前進の際の憂いは解消される。突破口付近を拡大してきた前期と同じ方針である。
②は前進を優先し、アフリンでの挟撃を成功させることを第一に置いている。しかし必然的に西側から北東へ進む並進部隊(オレンジ色)が単独で北域の制圧を担当する事となり、側面のリスクが高くなる。

 どちらをトルコ系軍の指揮官は選択したのだろうか。

【3/5】決断と短い配置調整日_南西部

south-west_20180305 この日はジャンダリス町中心の戦闘が進んだ以外は部隊の前進そのものはほぼ見られなかった。
 配置調整の他に、おそらく3/3、3/4の猛攻撃に対してSDFがどのような反応をするかをトルコ系軍は伺っていたと考えられる。これは時間に追われる中で限界ギリギリの情報収拾である。
 この判断は正しく、ジャンダリス北域のSDF抵抗は粘りを見せた。Miske村を経由して次々と襲撃が続いたようである。
 しかしどれだけ遅くとも前日までに立案していた方針がこの日の午後には変更がないことを確定していただろう。
3/5に判明した状況の代表的な項目は以下のようになる。

< 3/5 南西部 SDFの粘り >
・東端の村でトルコ系軍は進軍準備完了
・ジャンダリス北域のSDFの抵抗は粘りを見せ、それどころか中心では多数の反撃を行っている
・北域の山すその村からSDFは駆けつけていると推測される
・特にMiske村がSDFの結節点となっていると思われる

以上に基づいて決断は済んでいた。
 翌日への布石は実はこの日に現れていた。北のMiske村への爆撃・砲撃である。
 この攻撃は一見、典型的な突進直前の事前爆撃に思える。よって①の北域挟撃とジャンダリス包囲を選んだかに見えた。

【3/6~3/9】ジャンダレス町制圧と突進の始まり_南西部

 しかし①は間違いであった。トルコ系指揮官は②、アフリンへの突進を優先したのである。その意味では3/6が南西部隊の挟撃進軍開始日というべきかもしれない。
 そしてトルコ空軍と砲兵には重大な役割を課されることとなった。離れたMiske村への猛攻撃である。(下図の上部の爆撃・砲撃マーク参照)
south-west_20180306
<2018/3/6 北東への突進>
 3/6、ジャンダリス町周辺の東端にある村を制圧していたトルコ系部隊が北東へアフリンへ続く217号線道路の南に沿って前進し村々を制圧した。
 素晴らしい判断だったのはジャンダリス町西側の部隊も東側の部隊も北域への進行をせず、残りはあくまでジャンダリス町中心の制圧に集中したことである。
 北域の中間地点を制圧し、ジャンダリス町を孤立させた方が良いのではないかという考え方もある。しかしこの場合は北の山岳があまりにも近く、しかも広い。もし北の中間地点の村を制圧したとしたら包囲はできるがその外縁部への襲撃があまりにも容易になってしまうのだ。かといってMiske村を含む多数の村を一挙に制圧しながら、最優先のジャンダレス町制圧及び東北への突進をするなど兵力的に不可能である。
south-west_20180307south-west_20180308south-west_20180309







  < 2018/3/7>       <2018/3/8>        <2018/3/9>     
 3/7~3/9、しかしジャンダリス町は恐らくトルコ側の想定を上回る抵抗を続けた。トルコ側の恐れて居た事態が発生した。突進したものの後続が足止めされ、あまつさえ拡大ができていなかったのだ。北東へ突進したトルコ側の部隊は細長くその戦線を突出させ、側面がSDFの支配下の村々の眼の前に晒されていた。そのため平野中央をアフリンに続く最重要輸送路の217号線道路が抑えられなかったのだ。(このようなリスクを無意味に冒すはずはなく、この4日間が単なるジャンダレス町制圧戦のみではなく、北東への進撃を企図していた時期だと考える理由である。)

 「敵突破口の脇を抑え込み拡大を阻止し、突出した部隊の側面を機動部隊が打撃する」
 機動防御のテンプレートというべきフレーズである。まさにこの突破口の脇を抑えられたまま突出していた形にトルコ側はなった。しかもSDFの部隊は駆けつける道と拠点を持っている。トルコ側は危機的な形である。ただしSDF側に駆けつけられる戦力がいれば、である。

 トルコ側の将校たちはこの事態を望んではいなかったであろうが想定はしていたはずである。
 結論から言うとSDF側はこの好機に側面攻撃を行える部隊を作れなかった。詳細な戦闘記録はまだ発表されていないが要因はいくつか推測できる。

1. SDFはジャンダレス町が保っていたことでその激戦にまわさなければならなかった
2. ジャンダレス町の陥落前の北東への突進は想定していなかった、あるいは予測の一部であったが他の可能性を優先してしまった
3. Miske村への猛砲撃が北域への進行の前触れだと誤解した
4. 北域の兵が駆けつけてくる際の結節点Miske村への猛爆撃・砲撃で移動が阻止された

 1は両者にとって利点と欠点があったということでありある意味当然かも知れない。2と3は読み合いで上をいかれたということだが、実際の所SDF側はあまりに多くの可能性に対応しなければならず、またその戦力も足りていなかったので致し方なかったかもしれない。
 重要なのは4である。この地点への攻撃は多くの効果をもたらす阻止砲撃、爆撃BAIであった。
 まず激戦の続くジャンダレスへの増援を絶つBAIという効果である。続いて3/11に見られるようにジャンダレス西側のトルコ系部隊が北域へ進撃するために後背地帯へ行われたBAIとも言える。そして何よりも北東への突進部隊の側面へ駆けつけようとするSDFの移動を阻止するBAIの1面ももっていた。
 どれが最も期待されていた狙いなのかはわからない。
 3/9、ジャンダレス町は陥落した。更にMiske村周辺の山岳への攻勢が始まっていた。どこまでが狙い通りだったのかはわからない。上記の記述は結果論の可能性も大いにある。しかしいずれのパターンも将校たちは想定検討していたであろう。危機は実現しなかったのだ。むしろ大突進への足がかりを作ったという結果に終わったのである。

【3/10】北東への平野部の突進_南西部

south-west_20180310 突進と拡大が始まった。最大の理由はジャンダレス町が陥落したことであるが、同時に217号道路とその沿線の村を占領したことも要因だった。
 ただジャンダレス町が粘ったことで東北からアフリンへ侵攻している部隊のほうが速くアフリン近郊へ到達していた。南西部隊は更に急ぐ必要があった。おかげでアフリン東北部にSDFは重点を置かざるを得ず、南西部は比較的楽となったかもしれない。

 意外なことにこの日南西部への支援となる爆撃は確認されていない。これも同じく東北部へ集中したということもあるだろうが、それ以上に南西部の進行が急速に広がり順調であったことが理由としてあるだろう。

【3/11】北東部への拡大、アフリン目前へ_南西部

south-west_20180311_line 
 3/11の前進はこれほど「突進」という表現が適切な行軍もないであろうという動きである。
 まっすぐと東北へ向かって部隊は前進している。側面部拡大は後続に完全に任せている。全く前進部隊は両側面を拡大しようとしていないのだ。前線が持ちうる即応部隊は全て東北への前進に費やしている。
 おそらくこの時点でSDFの内部防衛が薄い情報を得ていたはずである。SDFの増援が来ていたとしてもまず東北部隊へ向かうと思われることも突進を大胆にさせた要因であろう。

 近接航空支援もピンポイントでしている。流石にこの速度では前線は火力が薄くなってしまうので着いていくことのできる航空支援の効果が発揮される所であった。SDFもこの速度には対応できず防衛戦力は薄いまま対応せざるを得なかったようだ。このシンプルかつ大胆な日は戦術的な選択より爆撃の精度と即応性こそが重要であり、大きな失態がなかったことがその能力を示している。

【3/12】アフリン挟撃_南西部

overall_20180312
 3/12のアフリン州全体の戦況はだいたいのところ左図のようになっていた。見ての通り明らかなアフリン挟撃である。
 ただここからがトルコ側の指揮官の戦術が再度発揮された。アフリン包囲戦である。(別記事で陸軍のマニューバを記載する)
 
south-west_20180312












 一見単純にアフリン東部連結前進に見えた北端のAyn Dara村への攻撃は、実際は様子見程度であった。占拠せずに撤退しアフリン南部の道を開けたままにしておくことにしたのだ。「アフリンの周囲をまず制圧する」という方針こそ一貫しているものの狙いは東部連結による包囲環の結成ではなかった
 その狙いは翌日の3/13に顕現するのだが、既にこの3/12の時点でその兆候が姿を見せていた
 3/12の南西部戦闘は主にこの2日間の突進でできた戦線各所の安定化であった。その視点で見ると突進部隊の東部にある2つの爆撃の意味が変わってくる。当初は突進のための近接支援爆撃に見えたが、これは突進箇所東部の戦線を安定化させるためであったと結果論だがみなせるのだ。事実は最初から戦術的にそう考えたというより単に前線の兵士の要望に応えただけかもしれない。しかし重要なのはそのもたらされた効果である。

 そして戦線の安定化という視点でみた時、異彩を放つ爆撃箇所が存在する。
 南西突進前線から少し離れた北西にポツンと落とされている爆撃である。これこそが翌日から現れる戦術に大きな意味を持つ爆撃であった。

【3/13~3/14】左旋回_南西部

south-west_20180313 3/12までの南西部隊の前進は217号線道路に沿ったものであった。そのまま真っすぐ北東へいけばアフリン東部へ連結するはずであったが、アフリンからの市民の避難路を残しておく方針とした。よってトルコ系南西部隊突進方向を左へ変えた。アフリン西の山岳地帯と山すそが進行先であったのだ。
 その進行先こそ、3/12に既に爆撃を加えていたSatiya村であった。この戦術爆撃は明確な計画性をもって3/12と3/13に2日間実施された。

 Satiya村はアフリンとその西に広がる広大な山岳地帯の各町村をつなぐ道路の結節点のすぐ南そばにある村である。更に言えばSatiya村から南に道路が平原に向けて走っており、トルコ系南西部隊の側面に直通している箇所でもあった。
<2018/3/13 Satiya村への空爆と左旋回 >
overall_20180314
 山の中央部であるため砲撃は難しかったようで空爆のみが報道されている。陸軍には非常に価値のあるBAI、そして3/13深夜にはCASとなった。奇襲性が発生したからであろうか、この左旋回からの進軍は山岳地帯であったにも関わらず実に順調に進展した。

 SDFの戦力はおそらくこの地点には充分に配備されていなかったであろう。
 アフリン市街に来ると予想して兵を戻していたであろうし、その逆方向の国境西部山岳全面における攻勢は断続的に続いていたことを忘れてはならない。2方向のどちらかあるいは両方に戦力を振り分けねばならなかった中間地点に激しい空爆を突如受け、その直後に陸上部隊が突進してきたのである。
 山すそも同様の理由でSDFは兵力が足りていなかった。何よりアフリン東が包囲される可能性を危惧しそちらに回して居た可能性が有る。
 左旋回して山岳地帯と山すそを奪取したトルコ系部隊はほぼ真北へ進路を微調整し、次の結節点へ向かった。
 < 2018/3/14 南西部隊は左旋回してから再度北上>
 この左旋回からの分断包囲マニューバはオリーブの枝作戦の中で特筆すべき戦術的行動である。そして航空支援はその戦術に置いて誘導灯の如き存在になっている。SDFが動く前に結節点を空爆し麻痺させたあとで孤立したSDF前線陸上部隊が突進、即時占拠する。ただでさえ移動の困難な山岳地帯で兵力の乏しかったSDFに対しこれは実に効果的だった。タイミングもほとんど完璧に近かった。早すぎれば山岳地帯各所の部隊が孤立を恐れ東方へ大規模な移動を開始していたことであろう。ギリギリのタイミングで、なおかつ破壊的な効果をもたらした空爆であった。
 ただし航空戦力が限られていたせいで攻撃地点が絞られ過ぎて、戦線後方の空爆箇所がその進行方向を表していることに結果論だがなっていたと言えるかもしれない。少し驚いたことに、次の日にもこの傾向は見事に適用されることとなる。
 

【3/15~3/16】山岳部の突進と包囲_南西部

 2018/3/15時点で南西部隊はアフリン西部の山岳地帯及びその山すそを制圧し分断する形を見せていた。この時点ではまだ西部山岳地帯各所ではSDFの抵抗拠点がいくつも残っており、トルコ系陸軍南西部隊の先頭はいくつかの選択肢を持っていた。しかしその進行先は西部山岳地帯最大の要衝マアバトリであることは予測されていた。
south-west_20180315
south-west_20180316
<2018/3/15 マアバトリ(Mabelta)への空爆>        <2018/3/16 マアバトリへの進行>

 上図左の2018/3/15における爆撃地点を見てみるとマアバトリ町への爆撃が以前見られた傾向の条件を満たしていた。戦線の真近くでCASが無いにも関わらずやや後背の地点にBAIが為されている。
 よってマアバトリの北西方向こそが南西部隊先頭の次の優先制圧地点である可能性が高いと予測できた。そもそもマアバトリは西部の要衝であり充分価値があった。

 そして上図右の2018/3/16の戦況図を参照すると、はっきりと南西部隊がマアバトリへ向かっていることが確認される。更に西方部隊が少し違う地点だが東進を開始していた。マアバトリへ西方から真っ直ぐ伸びるルートがないことから南回りの道を経由して向かおうとしていた。
 今回もBAIを誘導灯のように判断指標に使える傾向が当てはまった。これは戦力に大きな差が発生した山岳地帯の短い期間にのみ見られると推察するが、結局例が少なすぎて論拠は薄い。
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一応トルコ空軍と陸軍のこの傾向と考えられる理由をまとめておく。

・山岳部は進軍が早まると砲兵の随行または精密な砲撃が困難となる
・山岳部は防御側にとっても移動が困難な地域であり、移動の際に結節点への依存度が高くなる
・主導権をとったトルコ系陸軍は攻勢を開始する瞬間的には兵力を圧倒することができた
・戦線の突破するだけなら可能だったがその後受ける反撃または後背の拠点に対する攻撃は突進力を保つことが難しいと想定された
・元々少なかった戦力がアフリン市街空爆の優先度の高さからその他が制限されたトルコ空軍は空爆を極僅かな地点にピンポイントに行わざるを得なかった
・よって戦線間近の突破は歩兵に任せ、空軍はその突破点に対し最も影響を及ぼす結節点に爆撃を集中
・結節点爆撃によって防衛側の連携は麻痺したと期待し突破部隊は突進力が多少減衰していようと前進を続行
・一挙(1~2日間)に戦線後背の結節点を陸上部隊が占拠、周囲の防衛施設群の連携を機能不全に陥らせ効果的な反撃を阻止する
・この間に安定化が必要な戦線にピンポイント空爆を行う
・以上の条件によりBAIは陸上部隊進撃目標を明確に表す結果となった

もし空軍の戦力が恵まれていればこういった傾向は見られなかっただろうことは想像に難くない。
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【3/17~3/18】分断と包囲_南西部

south-west_20180317
 2018/3/17が攻勢中期の最終日となった。
即ちアフリン北部で完全にトルコ系南北の部隊が連結しアフリン市街は予定されていた包囲を完成された。南部の逃走路はわざと開けたまま崩壊を促した。既にSDF(YPG)の大部分が撤退していたと思われる。
 同時に北部と西部山岳のSDF側防衛施設群は2~3つに分断され孤立、全ての重要結節点を抑えられた。

 マアバトリは3/17午後~3/18のうちに制圧された模様である。残る山岳部も完全包囲となった。援軍が来る気配はない。

 この後は掃討戦のみであった。これらを作戦後期と位置付けたい。
        < 2018/3/17 > 
 この中期攻勢の最終日、空爆はアフリン市街にのみ行われた。他の山岳地帯等の防衛施設群は持ちこたえる抵抗力を既に喪失していたことを意味していた。
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 これで南西部隊の中期での動きと航空支援はある程度紹介できたと考える。
ではここで一度時間を戻って逆側の挟撃部隊、東北に配置された部隊の動きを挟撃開始から追って見ることとする。

東北部隊の戦い

【3/4】東北山岳地帯の進軍開始_東北部

 東北部の地形は実に綺麗に別れている。この地形で進軍エリアを区分したのも納得できる。
north-east_map
south-west area_20180302
 北の境界に山岳渓谷にあるミーダーンキー貯水池が対角線のようにアフリンへの方角に細長く伸び、その南に沿って山岳地帯がアフリンの側まではしる。更にその南には大きな平原が広がっており、TFSAの支配域である大拠点アザーズ市(Azaz)がすぐ側に突き出ている。
 標高が最も高かった山岳地帯はトルコとの国境そばの外縁部であり、そこは実に1ヶ月以上をかけてゆっくりと掃討して足場を固めながら進んできた
 一見簡単にアザーズ市を拠点に機械化部隊や砲兵を展開し平野部を難なく進んでいけばアフリン市に到達できるように見えるが、地図上に示されるほどしっかりと塹壕が山のすそに長大に掘られ、各町村は防衛施設を強化しており容易にはいかないことはわかっていた。理由はTFSA、トルコ軍がこの東のアザーズ一帯に進駐したのが1年半以上前であり、以前からクルド系武装勢力をテロ組織と断定するトルコとの間に緊張があったからだ。それ以前も北端反政府勢力やISILなどの侵入をアフリン州の境界として守ってきていた。
 この地域の攻略を東北部隊がどのような順番で行ったのか、空爆との関係性を見ながら追っていく。
air assult_20180302
air assult_20180303_lineair assult_20180304

< 2018/3/2 攻勢準備 >    < 2018/3/3 攻勢開始 前進>     < 2018/3/4 制圧拡大 >

 まず3/3 挟撃の始まりに一気に攻撃がミーダーンキー貯水池沿い南の山岳地帯で活性化した。同時に山すそに沿って並行進軍している。やや平野の山すその方が進軍ペースは速い。しかしアトゥメ町村(Qatmah)一帯の要塞化は著しく、ここで停滞する可能性があった。実際にこの町の北は3日以上制圧できなかった。爆撃が特にこの一帯を覆っているのは当然の支援攻撃であった。
 包括的に見れば爆撃は眼の前の奪取目標である町に重点攻撃が行われ、池から南の山岳地帯全面で前進を開始していたことがわかる。これはかなりの戦力集中である。進軍開始地点の初期前線にはやはりCASが見られない。瞬間的に陸軍戦力が優越し突破できる公算をたてていたということである。

 注目すべき戦術的選択は南の広大な平野部で前進が皆無であったことである。山岳部とその山すその平野のみに集中し、この2域の攻勢は連携をとっていた。そしてこの先の攻勢でもこの異なる、されど隣接する2域は常に並行し、相互に補助しあいながら進んでいく。そして実に見事な戦術を翌日以降に見せることとなる。空爆もこの2域を同一戦術域として捉えていた気がある。

【3/5~3/6】ミーダーンキー貯水池南岸の制圧と停滞、そして突破_東北部

 3/5は山すその町村で激戦が繰り広げられた。アトゥメ要塞群は凄まじい抵抗力があったようである。塹壕が張り巡らされ、市街の中でも対戦車ミサイル、地雷、AEDといった迎撃準備が待ち構えていた。前日までに進行して居た部隊はやはり制圧にて間取り多くの空爆支援を必要としていた。空爆は連日前線の強化点に行われており、そこはSDFの連絡線にも該当していた。単なる削りあいにならなかった大きな要因の一つであろう。
air assult_20180305 _line ミーダーンキー貯水池南の山岳部は次なる町へ陸上部隊が本格的に前進していた。シャッラーン町である。この町は事実上このな山岳部の結節点であり、制圧には困難が予想されていた。前日には威力偵察と思われる部隊が既にシャッラーン町へ攻撃を加えており、その際に入念に空爆が行われている。3/5は空爆後の突進に該当した。(この町は更に以前から爆撃が行われていた)
 ここで戦術的に優れていたのはシャッラーン町の完全制圧の前にすでにその主要道路を通り付近の町へ攻撃を連続させたことである。
 周囲の村々はこの町を通らずとも移動だけなら可能だが、その速度や量は著しく制限される交通の要所であり何よりも山すその要塞地点への連絡線となっていた。これはアフリーンからの平野部の主要道路や鉄道に沿ったラインを補給に使うと空爆されるとわかりきっていたからである。
< 2018/3/5 山すその停滞 >
 SDF側は目立たないように規模を小さくするか見えにくい山岳部から補給しなければならなかった。
 ただこの日は山岳部への空爆がほぼ見られない。戦術的にはあったほうが良かったはずである。最大の理由は当然空軍のリソース不足で他を優先せざるを得なかったことであろう。
 この空爆が少なかったツケは翌日3/6に現れている。この日は丸一日がほぼ前日の前進地点の制圧に使われ被害がでている。特にシャッラーン町では激戦が行われている。
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 だがシャッラーン町を攻撃し更に進軍したことはその周辺一帯の戦況に影響を及ぼす重大な行動であったのだ。
 それが最もよく現れたのが山すその要塞地点の他に、ミーダーンキー貯水池南沿が制圧されたことである。そして山岳部からの南の山すそへ向かう前進である。これはアトゥメ域に対し片翼包囲形をなし、要塞地点への強化が薄い後方側面からの攻撃すら伺わせた。実に優れたマニューバである。
 山岳部からの攻撃で後方遮断すら見え始めたアトゥメ域要塞群の防衛は破綻した。山岳部からの進行を止めようにも以前から正面平野部からの攻撃で拘束されており、予備や増援は先日の空爆で阻止されていた。
 そしてついにアトゥメ防衛線は突破されたのである。


   < 2018/3/6  片翼包囲 >

【3/7】防衛線の破綻_東北部

air assult_20180307 3/7、トルコ系制圧域の急激な拡大が始まった。アトゥメ周辺防衛群はSDF側にとって東北の要でありその喪失は防衛線の崩壊を意味していた。その後方にも町村は複数あり市街戦で停滞させられると思われたが、アトゥメ前面ほどの抵抗は見られなかった。やはり要塞化が足りていなかったのであろう。
 アトゥメ周辺域要塞群の南部にまだSDF側に残されていた新キトゥメ町の防衛は数少ない強固な抵抗を見せている。対戦車ミサイルによるトルコ系軍の撃破が複数報告されている。だが何よりもトルコ側の前進するという強い意志があった。多少の損害はこの時覚悟していたことがわかる。新キトゥメの後方主要道路は既に遮断されていた。抵抗力はすぐに減衰した。
 ミーダーンキー貯水池沿岸南端でも攻勢は続行されたこの地点を抑えることはアフリン市へ続く水路を抑える戦略的な意味もあった。ここを抑えた数日後には国連がアフリンの断水を報告している。この時点で後のアフリン市街戦が長期に及ばないと推察する者もいたようだ。
( ソース: http://www.todayonline.com/world/syrias-afrin-cut-water-un )

【3/8】南への疾走_東北部

 この日も新キトゥメ町西側の道路沿線で複数の対戦車ミサイルによるSDFの反撃が記録されている。
 しかしトルコ系軍は前進を全く止めること無く加速していった。西南のアフリンへ向かう直通道路やミーダーンキー貯水池南の道路を抵抗を排除しながら進んでいたのは当然だが、この2地点はあくまで前日に既に前進に成功していた箇所を改めて確保し固めているニュアンスが強い。それよりもここは南への進軍に着目するべきである。
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north-east_map_2

 改めて拡大した地図を見ると、アフリンへ直通する217号線道路は渓谷を長く通っている。両側の山岳はほぼ500m級の山々で麓に軍事施設などが散らばっている。ここを突進するのはいくらSDFの抵抗力が弱まっていたとはいえ自殺行為である。ソ連、アメリカ、ロシアが数多の戦例を提示してくれている。トルコ系軍はオリーブの枝作戦で一貫して山岳の掃討を優先順位の上位に置いている。平野部の進行はしっかりと付近の山岳を制圧してからか、あるいは同時並行である。
(唯一の例外が南西部の3/11~3/12の突進だが、これも東北部隊がアフリン近辺へ到達しておりSDFの予備が動いてこないことがわかり、なおかつ周辺へ空爆や砲撃をして側面防御した上である。)

 北西部隊はここで主に3つに別れる。ミーダーンキー南端から山岳部を西南へ進む部隊、アフリンへ向かい217号線及びその両脇の山すそを進軍する部隊、そして南へ向かう部隊である。
 前者2つの部隊は着実に掃討をしながらゆっくりと進んでいくこととなる。だが南の部隊は快速で飛ばしていくのだ。これは猪突猛進ではなく、作戦司令部がここを重点としていたからである。そう断言できる理由は航空支援である。南西部隊の進軍の際に見られた航空支援BAIが誘導的に行われること、重点に絞られてCASが為される傾向はここでも見られることと成るのだ。

  この南への突進の始まりは南進突破口脇へのCASであった。新キトゥメ町西にある南へ続く街道の入り口横には突起する形で標高625mのShawarighat山があり、ここからSDFの攻撃が為されていた。
 よって南進を開始するとほぼ同時にトルコ空軍がこの山のSDF拠点にかなりの重爆撃を加えた。
 妨害する力がなくなったと見た陸軍は大胆な突撃を開始した。街道沿いの町(Marasat al Khatib)はやや大きめの町でありSDFの抵抗が予想されていた。が、ここを数時間で突破して真っ直ぐにその南に連なるのシャウアーガト・アル=ジューズ町へ到達したのだ。しかも街道に沿って細長く広がる街の南端まで一気にいったのである。この時両脇への進軍は入り口のShawarighat山を除き一切行われていなかった。即ち両側面が晒されるリスクを冒し、市街地のゲリラに後方線を攻撃されるリスクを覚悟し、南への突進を実行したのである。西側面には山(Qibar山)とKafr Miza町がすぐそこにSDFの拠点としてあったことを踏まえると驚くべき大胆さである。SDFの戦力がここにあまり配備されていない情報でも得ていたのであろうか。結果として防御が固められる前に次々とSDF戦線を突破したこととなった。

【3/9】突破口の拡大と先端への爆撃_東北部

air assult_20180309
 大胆な突破があった翌日3/9はセオリー通りの突破口拡大が行われた。細長く突破した部隊の両側面の危機を後続と連携しながら排除して横方向に広く制圧域を広げた。
 Kafr Miza町も抑えられ山への進軍が始まっている。突進の東部では重要な制圧が成功した。以前より拠点としていたアザーズ町の西南にあるMelkiyah村を抑えたのだ。ここは交通の結節点として重要であり、この東北部隊の平野部後方連絡線が細く限られていたことを解消する大いなる効果をもたらした。

 一方でやはり南への突進は継続されている。絶えること無く航空支援が重点的にこの南進部隊の先頭に振り向けられている。この爆撃は進軍先をはっきりとしめしている。少し離れたQibar村にBAIが行われたことはもはやそこに突進してくる直前の兆候であることは明らかである。

 報道を見るとこの突進部隊の残してきた後背地帯で数々のSDFの抵抗が行われている。前進では制圧にはならない。しかしそれを覚悟の上で突進していたはずである。

【3/10】前進とアフリン市周辺への到達_東北部

 この日、大規模な前進が東北部隊全てで行われた。
 ミーダーンキー貯水池南部の部隊は山岳地帯を着実に制圧しアフリン北部の渓谷を伺う位置まで到達した。事実上これで彼らの戦術的到達点には着いたであろう。後は制圧地を固めながら味方の支援を行った。
air assult_20180310
 アフリンへの217号線及びその周辺部を前進する部隊は北の山岳地帯の脅威が排除されたことと、南東の山岳地帯及び平野部を友軍が突進に成功したことで、両側面の憂いを無くし、堂々とアフリンへの前進を開始した。前進の仕方は重爆撃をもはや間近に迫ったアフリン市街などの後背地点に行いSDFの動きを阻止した上で、街道両脇の山岳をまず前進、それからほぼ間髪入れず中央の217号線沿線部を制圧していくといったやり方であった。3/10の内にアフリン市街を目前にする位置に到達した。

 南進突撃部隊は山岳地帯と道沿いの町を次々と抑えていった。アフリン市の緯度を越えても西へ転進せずにそのまま南及び南西への突進を継続した。爆撃は相変わらずしっかりとこの突撃部隊のCAS及びBAIを行っている。逆に行われているからこそ更に南進するだろうと予測できたものである。

【3/11~3/12】南進部隊によるSDFアフリン市街後方連絡線への脅威_東北部

 この作戦を通じて、大きめの市や町の周辺部をまず制圧しそれから市街を落とすというトルコ系軍の方針は一貫していた。この南進部隊がアフリンへ向かわなかったのはその現れであるし、他の部隊がアフリン市街へ突撃しなかったのも作戦方針にのっとっている。まず周辺を制圧する上で南の部隊は大きな役割を課されていた。アフリン市街へ突撃直前の空爆という任務から戦力を割いてでもこの南進部隊への支援爆撃が行われていることがそれを端的に証明している。
air assult_20180311
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< 2018/3/11 さらなる南進>         <2018/3/12 南進制圧地帯の拡大>
 【南進部隊の役割】
1.アフリン東部山岳地帯制圧
 まずアフリン市東部の山岳地帯の制圧が上げられる。比較的険しくはないとはいえ、両側にSDF拠点という箇所で下手なことをすれば手痛い反撃を受けてしまう。
2.東南平野部との接続遮断
 街道の突進は継続されていた。東側の山すその町村を次々と制圧し、東南部域の未だ進行を受けていないSDFの領域からアフリン市街への救援を絶つこと、そして同時に東南部への後の進行の準備を整えておく効果があった。
3.アフリン市南部のSDF後方連絡線へ脅威を与える
 アフリン市はもはやいつ突撃をうけるかという段階に入っていた。これまで長期に渡り断続的に行われてきた市街への空爆は、戦線が直ぐ側まで迫ったことで激しさを増している。その中で市の南へ伸びる街道はSDFの重要な連絡線であった。その先にはSDF拠点とシリア政府域へと繋がっていた。市への補給を断てば抵抗力は著しい減衰を見せるのは誰もが想定できた。精神的にも物的にもこの後方連絡線へ脅威を与えるのは必要不可欠であった。

 以上の影響のために既に後方連絡線が伸びに伸びていたが、まだ南進部隊はこの山岳地帯及び山すそで制圧域を広げなければならなかった。減退した突進力を補うように空爆支援は行われている。この時期はアフリン市街正面よりもこの地点のほうが戦術的重要度は高かったであろう。

【3/13】一区切り着く南進_東北部

 3/13、南進部隊は2日前より爆撃が行われていたBassale村を制圧した。この村は比較的大きく、この周辺の重要拠点であった。アフリン市東部山岳地帯と更に東の山すそ平野部を抑えることに南進部隊は成功したのである。この日は以前から継続されてきた航空支援が南進部隊に行われなくなったようやく前進が収束したことを示している。
air assult_20180313
 この瞬間を以て、アフリン市への挟撃は成功したと断言できる。SDF側は完全にいかなる戦術的狭域でも主導権をとることはできなくなった。東北部隊の南進を行っていた部隊はようやくその突進に一区切りをつけた。
 同日、南西部隊は左旋回を行い、アフリン西部の山岳地帯との分断と制圧を開始している。

 だが作戦、あるいはそれ以上の領域において重大な判断が為されていた。アフリン南部に残された最後の連絡線を遮断することはしない、ということだ。




【3/14】アフリン市を望む包囲部隊_東北部

 政治的な要素を敢えて除いて考えると、軍事的に後方連絡線への脅威を南進部隊が与えることに既に成功していた。SDFの軍隊が増援としてやってくれば即座に対応攻撃できる位置であるため、充分であるという判断と推察できる。
afrin south route_20180314 少なくとも南進部隊が限界だったというわけではなさそうである。というかトルコ系軍はこの南の道上の町へ到達した報道がいくつかあった。Ayn Darahには3/11と3/12に、Qadi Rayhalahには3/13に進軍はしたが、制圧せずに拠点に戻っていったのだ。
 下手に完全包囲してしまいアフリン市街で死を覚悟したSDFの残存兵が市民ごと戦闘を継続することを嫌ったという作戦方針であろうか。しかし「テロリストの殲滅」を戦略目標に掲げているためSDFの撤退を可能にしたこの選択は疑問が残る。アフリンの奪取はあくまで作戦的な目標である。それとも最初から本当の戦略目標は違ったのだろうか。いずれこの当たりは明らかにされるであろう。
 南の連絡線への圧力が充分だとみなされたのは、空軍の即応能力がこの南進部隊の前面で証明されていたことも要因だったと思われる。適切に爆撃ができるならば、この連絡線になんらかの動きがあったとしても空爆で対応できるという自信である。それをこれまでの動きが証明していた。

 これからアフリン市街突撃が行われるまでの3/14~3/18の期間において南進部隊はこの突出した形のまま動きを完全に止めて掃討及び監視に徹する。東進もしなかった。ただし爆撃が付近に行われている。南進突出部のすぐ南東の町(Dayr al Jimal)と東南部地域の最重要都市タル・リファット(Tal Rifat)である。これはこの突出部隊が後期掃討戦で動く前降れとなるBAI、AIであろうか。その答えはまだでていない。

 東北部隊の進軍は南西部隊より速かったためより長い期間を制圧に回せた。後背地点で活動するゲリラのために空爆することは殆どなかった。北部で山岳制圧地域を広げ、3/17にはついにアフリン市の北で渓谷を渡り南西部隊と合流した。東北部隊の南端の部隊はしっかりと地点を確保し続け、空軍との連携を再確認しながら、迫るアフリン市街制圧へ向けた空爆を彼らは見守っていた。

後期作戦基本方針 概略

 アフリン市街を包囲し占拠攻勢にでながら、同時並行で残る山岳渓谷等を制圧していく。政治情勢次第だが最終的に東南部の平野にも攻勢をかけると予測される。

 主に3つに分けて見ることとする。
 ・アフリン包囲戦
・北部、西部山岳地帯掃討戦
・東南部残地域制圧戦

以下は後期作戦が収束してから追記することする。 

 (2018/3/21  サイト編纂者)

追記:戦果数と比較すると報道が半日~1日遅れているような印象を受けます。