戦場医療を中心とするSustainmentの移動性に関するメモを残します。
試訳『北アフリカ戦役:ロジスティクス査定』を踏まえた上での記載です。
Kitchen[1991]の拙訳を行った理由の1つが医療面に関する取り組みの具体例を紹介するためです。

 WW2北アフリカ戦役はロンメル将軍の知名度のおかげで比較的ポピュラーであり、どこかで聞いた逸話が多いかと思います。パイプライン施工やジェリカン利便性へのコメントは燃料に関するドイツ軍との比較で最もよく出る項目かもしれません。同時に米軍内での論説では、この米軍の「初体験」の戦役に対する厳しい反省が多く見られます。初期計画の不備、上陸箇所の争論、上陸時の不手際、11月末のチュニスへの突進をドイツ軍に撃退されたこと、アイゼンハワーの非現実的なスファックス計画、英軍との調整不足…その他多数の問題が起きました。それらには「全体としてみれば/最終的には成功したのだからよいのだ」という結果論を戒め、より改善しようという強い意志が共通しています。
 その具体的な一つとして医療面に着目します。

米陸軍野戦教範『機甲医療部隊』

 Kitchen[1991]を連想し試訳をしようと思った元の資料は別に在ります。それは下記のWW2末期の米陸軍野戦教範です。

1944年発行FM17-80『Armored Medical Units
http://www.easy39th.com/files/FM_17-80_Medical_Units,_Armored_1944.pdf
Radio communication, armored medical battalion
Medical installations of the armored division

基盤となる医療業務全般指針は下記
1942年発行FM8-10『Medical Service of Field Units
https://www.ibiblio.org/hyperwar/USA/ref/FM/PDFs/FM8-10.PDF
Medical Service of Square Division
Chains of Evacuation within the army_Medical


 直訳が機甲医療部隊という実に凄まじいタイトルですが、中身は現実に即した具体的なものが短くまとめられています。(残念ながら重装甲の医療部隊ではありませんが)機械化・無線通信化を中心とする移動性と医療体制の充実は特筆に値するものです。確固たるシステムの上に柔軟性をもたらすこの優れた教範が発行された背景の1つが米軍の実体験した北アフリカ戦役でした。加えて戦争全体の具体的な医療処置や場所も含めた詳細は複数の資料が発表されていますので下記にいくつか紹介します。

The Medical Department: Hospitalization and Evacuation, Zone of Interior
http://www.dtic.mil/dtic/tr/fulltext/u2/a293182.pdf

The Medical Department: Medical Service in the Mediterranean And Minor Theaters
http://docshare01.docshare.tips/files/18084/180846067.pdf

WW2米軍医療専門の調査サイトが設営されており充実した資料が読めます。
WW2 US Medical Research Centre
https://www.med-dept.com/

 これらの中では専門的医療活動の諸戦闘部隊への貢献がわかるようになっていますが、特に注目するのは共通して現れる段階性と移動性です。

 段階性とは前線の即席集積所、野戦病院から後方の固定病院、最終的には米国内または完全に安定した国内での高度医療処置所、等々…といった性能規模ごとに分けたものです。これについて米国南北戦争での医療発展史で触れられているものを見たことがあるかもしれません。段階性を持つことで処置システム全体計画を最大化・最適化する意図があります。
 医療部隊の移動性には大まかに2つの分野があります。1つ目は部隊の担当区域内の搬送能力です。2つ目は医療部隊そのものが軍団や師団の前進後退に随伴する移動能力です。この2つは極めて密接なものです。これらについて米軍は当時世界最先端のものを示しています。移動性は効率化を更に促進します。

 多くの資料で、全体調整システムの静的(static)支援の重要性を踏まえた上で、動的(mobile)支援能力の効果を分析し意義を述べられています。例えばMobile Evacuation Hospitalがあり、動的な医療部隊と固定(fixed / immobile)病院との連携必要性が強く説かれています。一部はWW1から既に発展の萌芽があったことが仄めかされています。
(1948年発刊書籍『The Military Surgeon, Volume 103』の中でJoseph R. Darnall, M.C.が著した『Fixed Hospital Reconnaissance on the Western Front in the Fall of 1944』の章)
 この典型的かつ実践的なモノが『機甲医療部隊』教範なのだと他資料を読んでから思うようになりました。

 他項目でもあったように備蓄(施設)が充分であってもボトルネックは別の箇所になる場合があります。移動性と段階性はボトルネックを明確化し対処を容易にする引き出しでもあります。Kitchen[1991]で示された戦史事例は、医療部隊だけでなくロジスティクス各要素に段階性と移動性が重大な影響を与えることを証明しています。彼が重視したのは軍事作戦・戦略領域で展開される広大かつ急速な戦線・部隊の移動です。Kitchen[1991]の書かれた時代はエアランドバトル期に当たりますが、その基盤にはこの戦線の広域化、ハイテンポ化そして流動化への挑戦があります。これに対応するため、基地あるいは前線現場で行われる処置だけに注目するのではなく、積み重ねられた知見に基いた統括的なシステムデザインが現代軍事Sustainmentの必須事項となっています。

 逆に言えば、医療要素への攻撃または妨害は軍団や師団の支援を大きく削り、最終的に軍の移動と戦闘能力そのものに影響を与えます。医療関係への打撃を実行するのは先進国にはハードルが高いですが、しかし武装勢力によっては起きかねず可能性を除外するべきではないと考えます。

 WW2の米英軍並の規模の広域化・移動については現代の戦争と適合できない部分があります。それでも根幹はキッチン少将の言うように今なお研究に値するのだと感じます。

Sustainment

 現在の米陸軍ドクトリン(ADP)では、軍事「Sustainment」と言う維持・支援を意味する包括的概念は非常によく使われます。そしてADP4-0 Sustainmentで主要3要素とは「Logistics」「Personnel Services」「Health Service Support」とされています。このように医療分野の特殊性と重要性は現在の基幹ドクトリンで示されており、同時に戦史においては戦闘時の損失と非戦闘時の損失の研究で甚大性が記された事項となっています。

衛生

 あの試訳論文内で意外だったことが洗濯・石鹸に関して米軍が初期に気を払っていなかったことです。(クリミア戦争前後でのシドニー・ハーバード大臣達と衛生管理委員会などで)死傷病者に対する衛生面の巨大な影響性は広く知らされ、はるか昔に対策の必要性が一般化したはずだからです。衛生を背景とする損失は戦闘での死者を上回りかねず、加えて負傷者を死者へと転換する比率を激増させることは戦史から読み解かれていました。北アフリカで砂漠と熱射の中で英独の将兵が(ロンメル将軍を含め)次々と倒れたことからも衛生面は最優先課題の1つにしていてもおかしくなかったはずです。それ故に米軍がやや行き当たりばったりの対応を洗濯・石鹸でしたことに驚きました。と言っても「全体としては」病人の数が膨らまなかったことからある程度衛生面の対応をできていたということであり、決して軽視しすぎたわけではないと思います。

精神ケア

 死者処置とレーションで少し触れられてはいましたが、精神面のケアはKitchen[1991]に多くは出ませんでした。この分野は昨今更に研究が進んでいるように思われますので、書籍がいずれ日本語でも出るのではないかと期待しています。外交防衛課鈴木氏の論をメモとして残します。一般書ではディビット・フィンケル著の『帰還兵はなぜ自殺するのか』という本が日本では売れているかと思います。

鈴木 滋, (2009), "メンタル・ヘルスをめぐる米軍の現状と課題―「戦闘ストレス障害」の問題を中心に―"
http://www.ndl.go.jp/jp/diet/publication/refer/200908_703/070302.pdf
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完全な散文となってしまい申し訳ありません。読んでくださってありがとうございます。別のご見識あれば教えてください。

メモ

現代の医療FMの例

FM4-02.2 『Medical Evacuation』
https://fas.org/irp/doddir/army/fm4-02-2.pdf

FM 8-5 『Medical field manual』
https://www.ibiblio.org/hyperwar/USA/ref/FM/PDFs/FM8-5.pdf

FM8-10 『Medical Services Theater of Operations』
http://www.bits.de/NRANEU/others/amd-us-archive/Fm8-10%2859%29.pdf
※攻勢と守勢でわけている

FM8-10-3『DIVISION MEDICAL OPERATIONS CENTER TACTICS, TECHNIQUES, AND PROCEDURES』
https://www.brooksidepress.org/Products/Military_OBGYN/Library/MilitaryTexts/FM810319961112.pdf

FM 8-10-6『 Medical Evacuation in a Theater of Operations Tactics, Techniques, and Procedures』

その他多数が特にFM 8にあります。
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『機甲医療部隊』教範 のメモ p31~36
Medical Battalion = 3個Medical Company
Medical Company = 中隊司令部、1個collection小隊、1個clearing小隊
Collection小隊 = 小隊司令部、2個collection分隊。司令部は師団内の全医療部隊と交信できる無線を保有する。一般的に車両はclearing小隊から契約している救護基地へ前進するために使われた。救護車両の先導の役目も果たす。救護車両はclearing基地から大隊救護基地と死傷者集結地点へ後送するために使用される。その他に偵察警戒隊も含む。
Clearing小隊 = 小隊司令部、2個clearing分隊。司令部の移動は無線機付きの車両が義務付けられている。
clearing分隊 = 2個軍医隊。応急処置用の診察台がある車両を保有する。これにテントを張って応急処置場所とした。