『シュロゲー・タクティコールム(Sylloge Tacticorum=Συλλογή Τακτικών )』は10世紀にギリシャ語で記述された著者不明の東ローマ軍事書籍です。様々な状況に対応するための方策や戦術を過去の軍事書や東ローマ(ビザンティン)軍の経験に基づいて計102項目にわたり編集されています。おおよそテーマが章まとめされており以下のような構成になっています。

1~57項 (⇒ リンク後日作成)
:各種軍事ノウハウ(指揮、包囲戦、戦闘や行軍隊形、戦利品分配、敵強襲への対応、奇襲方法、伏撃、野営地設営、将校のポスト、諜報活動、戦闘停止、他...)
58~75項  
:直接的武力行使以外での軍事方策(食料や水場への毒、焦土戦術など)
76~102項 (⇒ リンク後日作成)
:その他指揮に関する古代ローマ&ギリシャ教訓集など

※ 同じく10世紀に軍事的に活躍した皇帝ニケフォロス2世フォカスを中心に『Praecepta Militaria』が記されましたが、この軍事書にはシュロゲー・タクティコールムを基礎としている箇所が複数あります。(変更箇所も)

Sylloge Tacticorum Georgios Chatzelis氏とJonathan Harris氏による英訳版を基に個人的に面白いと感じた部分を紹介していこうかと思います。(部分抜粋の上で超訳です。植物などの単語はおそらく間違いあると思うので気づいたら教えて頂けたら嬉しいです)
 英訳本に詳しく説明が書かれていますが、現在のテキストにはいくつか検証すべき問題点があり東ローマ研究者の方々が進めてくれています。本サイトはただの紹介で検証などはしていないので、興味がある方は原著をぜひ読んでみてください。

仮2章:直接的武力行使以外の方策

58項:兵士を毒から回復させる方法

 毒への対処は以下の準備をすること。
 空腹状態で、薬用ヘンルーダ植物の葉20枚、ナッツ2個、乾燥イチジク2個を服用する。
 上記手法が効かなかった場合は、乾燥ヘンルーダ、コショウの実、レムノス産土錠剤、イチジク、ナッツをまとめて突き砕いてクルミの実サイズにして食前または食後に必ず服用すること。
※レムノス島の土は古代~中世では薬の材料として信じられていた。

59項:兵士に食物を通してペスト(疫病)に感染させる戦法

[1] 樹上性のアマガエルまたはヒキガエルを毒蛇と共に容器に入れ、粘土で密封し息をできなくする。生物は互いに殺しあうので残った生物を細かく突き潰し水の容器に入れ茹でる。それから小麦粉の食事とパンをその水で準備し、敵に食べさせるよう仕向ける。疫病はパンを食べた兵士だけでなく周りにいる敵兵にも感染していくだろう。
[2] 疫病パンの罠が事前に知られた場合、捕虜にそれを食わせてから解放して、元の陣営(親族の傍など)に戻らせてくるだろう。当然捕虜たちは疫病を広め触るだけで感染させてくるはずだ。
[3] これらの方策は我が東ローマ軍が敵に対して使うために記されるのではない。これを将軍達が知ることにより、敵の狡猾な策を防げるように食物と飲料に気を払うよう促すためである。特に敵領地での宿営の際に注意すること。

※原文は敵がしてくるという書き方を明確にしており、自ら使うべきではないという思想が強調されている

60項:兵士を毒入りワインを使って倒す方策

 敵は次のようにこの策を用いようと企んでくる。トリカブトとツゲの木およびドクニンジンをワインに入れ生石灰を使い温度調節しておき、全軍にまるで飲食をまさにしようとしている所であるかのように振舞わせる。ローマ軍の姿が見えたら彼らは食卓を捨て逃げ出したかのように装う。少したって到着したローマ軍は置き去りになった宴のごちそうを見て敵の企みを知らずに飲み食いしてしまい危機に陥るだろう。

61項:兵士を毒水を使って倒す方策

 フグか蛇を細かく刻んで潰しかなり薄くなるまでする。それを水で茹で脂身が全て消えたら相手が使う飲料水の中に敵は混ぜ入れてくる。飲んだ者たちはすぐに腫れ上がるだろう。「tithymallis」と呼ばれるミルシニテス植物も溜まった水に入れれば致死性の効果をもたらせる。肥しや石、魚油や巻貝が投げ入れられたタンクの中の水は大部分が使い物にならなくなるのだ。

※原文は意味の通らない単語φύρσειςのように見えなくもないがこれはφύσαςであるとJ.Harrisは解釈し訳しているためそれに従った。

62項:ワインで数日昏倒させる方策と起こす方法

 640gのテーベ産ケシの液、ミルシニテス植物、レタスの種1つ、ヒヨス植物の液1杯、マンドレイクの液2杯をすり潰してよく混ぜ込んで滑らかにしてからワインにいれる。このワインを飲んだ者は2~3日眠りに落ちるだろう。起こす際は酢を鼻から流し込めばよい。

63項:木々を枯らす方法

 木はリンゴを除き全種が根にアカエイを差し込めば枯れ行く。豆の皮を木の中に入れ込んでも同じく渇き切らせることができると言われている。

64項:農作業が不可能な大地にする方法

 耕作地での農業をその季節の期間使用不可にするには、クリスマスローズ植物(hellebore:ユリ科?)か塩を大地に撒いてからすき耕すのである。これはアレクサンドロスがパエオニア平定の際に使用している。

※BCE353年のアレクサンドロス大王のギリシャ北部戦役であるがアリアノスはこれを記録していない。

65項:馬を追い返す簡単な戦法

 馬を容易に逃げ散らす戦法は次のようなものだ。軽歩兵と呼ばれる兵たちを、盾装備騎兵の後ろに立たせてタカトウダイ植物の液が入った手持ちパイプを抱えさせておく。そして液をパイプから噴射して馬の鼻にかけるのだ。
 代案もあり、前述の軽歩兵に燃え盛る松明を持たせて怒り狂いながら敵騎兵に向かわせれば、衝撃を受けすぐさま全ての騎兵が引き返していくことだろう。

66項:毒水で馬を死なすまたは病気にする方法

 白ユリ(white hellebore)の種を飲ませれば馬は死んでしまう。ツタ植物の樹液とエゴノキ植物の液もまた馬へ損害を与えられる。より少量で同じく危害を与えるには羊毛着物を燃やして煙を吸わせるというのもある。

67項:馬を卒倒させる手段と起こす方法

 ウミガメの胆汁を鼻に吹きかければ馬は卒倒してしまうだろう。サフラン植物とワインを等量混ぜて口と鼻に入れれば馬は起きる。

68項:駆ける馬を止める戦法

 狼の右前足の足首を4頭立てチャリオットの前に投げこめば馬を止められるであろう。4頭すべて止められればより効果的に陣形の中で作用する。我らはこれらの狼の足首を投擲具で敵陣形に投げ込むのである。それぞれの狼の足首は馬1頭だけを脅かすのではなく全頭へ伝搬し逃げ散らすことになるだろう。

69項:馬をいななかせない方法

 馬の一部は威嚇するときやメスの臭いを感じた際に嘶く。伏撃のために我が軍が騎乗している際は常に発見されないように静粛を保つべきである。実際、メッセニアのアリストメネスはスパルタ軍が隠れて伏せて待ち構えているのに馬の嘶きで気づいたということもある。彼が雌馬に乗っていたためである。別の場合では、彼が伏撃する側であった時は待ち伏せ地点には雌馬を連れてきて入念に準備したのであった。
 実例では、パルティア兵は次のような手法で馬を沈黙させたまま戦いへ導入していた。彼らは紐でしっかりと尻尾の付け根を結わえる。縛りがきつく痛みを感じているので馬は雌馬に会ったとしても声を上げないのである。

70項:流体火炎と呼ばれる火を消す方法と木や壁に燃え移らせない方法

 火を如何にして消すか。もし敵が人工的な火を使用し壁などを燃やそうとしてきた場合、酢(vinegar)をかけることで消火できる。だが着火される前に狙いに気づくことができたなら、敵が火をくっつけにくる箇所の表面に酢を塗っておくべきであろう。

※ Liquid Fireはギリシャ火薬の一種


71項:少数の馬を多数に見せかける戦法

 少数の馬を多数に見せかける方法。もし馬の数を膨大であるかのような印象を与えたいならば、ラバとロバを陣営にかき集めて、兵士を騎兵装備で乗馬させ騎兵部隊の内部に整列させておくことだ。ただし各部隊の最前列は本物の馬を配置しておくべきである。敵は前面の騎兵を見て後ろも同じだと誤認するであろう。

※ 本項目の元タイトルは「傷口からの激しい出血を止める方法」であるが中身と一致していないため上記のように1つめの文章を抜粋。内容からすると元タイトルのほうが合致しており中身は別項のものが移されてしまっていると考えられる。

72項:傷を縫わずに治す方法

元なし

73項:馬とラバを流行病から守る方法

元なし

74項:敵兵器を火を使わず燃やす戦法

 自動で発火する燃焼物は以下のように生成できる。太陽が頂点に達する時刻に、天然の硫黄と岩塩、灰、杉の材木、黄鉄鉱石をブラックモルタルの中に等量入れておく。黒クワの果実の液とザキントス産の流体アスファルトを等量混ぜる。黒色になるまでそれを挽く。それから最少量の生石灰をアスファルトへ加える。太陽が頂点に来るときにそれを何度も叩くがその際は顔全体をしっかりと覆っておくこと。この際に太陽の光を決して浴びないように銅の容器に封入しておくべきでだ。夜の内に敵の荷車にそれを塗っておけば、日が昇り十分な陽光が当たった時に突如として発火するのである。

75項:毒矢

[1] テュルク、ペルシャそしてスキタイ種族は彼らの矢を所謂アーチェリーコーティングで覆うことにより、それで傷をつけた動物を簡単に狩り殺すことができている。しかしその塗る材料を探していて見つけられなかった時に、ある高名な医者が同質の薬物を与えてくれた。それは次のものである。
[2] (所謂ユーフォルビア植物の)ハーブを枝と一緒に水の中に入れを空の容器に入れ、すべての液が出切るまで煮込む。それからハーブの枝を取り出し別の新鮮なハーブを入れまた煮込む、これを水がハチミツのようにドロドロになるまで数回繰り返す。それを矢に塗るのである。さらにアスプ(Asp魚)、ヴァイパー、サラマンダーの毒も同様の効果をもたらすことができると述べられている。

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【参考文献】
Georgios Chatzelis, Jonathan Harris, (2017), "A Tenth-Century Byzantine Military Manual: The Sylloge Tacticorum"
小田昭善, (2007), "ニケフォロス2世とヨハネス1世の軍制改革 ~10世紀ビザンツ帝国における軍事関連著作の考察から~"

その他追記
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ここまで読んでくれてありがとうございます。本記事は短い紹介なので興味引かれた方はG.Chatzelis氏とJ.Harris氏の英訳版をご参考ください。脚注が充実していてとても読みやすくより深く知ることができます。
ペスト感染作戦は善意に見える捕虜解放ですら気を付けなければならないという、実に鋭い注意喚起をしていますね。特に城攻めの時に効果的だと思うのですが東ローマの実戦例はどれくらいあるんでしょうか。