この試訳は掲載元の軍事研究組織『The Strategy Bridge』の許可を得るだけでなく、草稿を見て大きな問題がないかチェックまでして頂きました。誠に感謝の極みです。
 本記事は、戦争目的と指揮遂行の繋がりを乖離させないためのマネージメントコンセプトを提案・再考しています。(戦争が起きるサイクル時期についてではないです}

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公開日】2019年1月22日 

論題

 ウォーサイクル:戦争管理モデル(The War Cycle : A Model for Managing War)

著者

 Dr. Albert Palazzo
(オーストラリア陸軍戦争研究センター 戦争研究室室長、The Strategy Bridge寄稿者、その他 The Strategist 等でも多数寄稿)

記事掲載組織
 The Strategy Bridge 
(ワシントンD.C.を拠点とする非営利団体_戦略・国防・軍事全般の研究者による寄稿サイトを運営)
https://thestrategybridge.org/


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ウォーサイクル:戦争管理モデル

The War Cycle : A Model for Managing War

 作戦の計画と遂行を支援するため、軍指揮官とその参謀達は様々なコンセプトモデルに頼る。民間の防衛研究者や学者達も自身の発想を表現する助けとして同じツールを使う。その使用されているコンセプトモデルの中に『諸作戦のフェイズ』と『紛争のスペクトラム」というものがある。

 それらに標準デザインは存在しないが、ある特定のスタイルを持っている。米国式システムにおいて、戦闘モデルのフェイズは一般的にフェイズ0から始まる。フェイズ0は来たる戦役のための成形期間であり、最終はフェイズ5、即ち民政に権限機能を付与することまでカバーする。『紛争のスペクトラム』の目に見える事象として通常は、非軍事戦闘の諸作戦が展開される場合と、もう一方では暴力と危険レベルの段階的な上昇を経て進展し核戦争に至る場合がある。これら2極端の間で、戦争は多数のカテゴリーに分けることができるのだ。


Phases of Operations

The Phases of Conflict, from U.S. Joint Doctrine (JP 5-0, 2011)


 米軍とその他機関、ドクトリン研究者及び軍事理論家によるこれらのコンセプトモデルの使用や、同様の軍事カリキュラムにおけるその存在にも関わらず、両ツールはその実用性が低下していく性質がある。実際それらコンセプトが軍隊とその政治指導者達にもたらす影響はポジティブよりもネガティブとなる可能性があると強く主張が為され得る。けれどもコンセプトモデルはその存在意義を確かに持っている。この記事では『諸作戦のフェイズ』と『紛争のスペクトラム』の概念を両方共を単一のモデル『ウォーサイクル(the War Cycle)』へと置き換えることを提案するものである。ウォーサイクルは既存の有用性に基づいて構築されるもののその欠点を取り除いたものとなる。

なぜウォーサイクルが必要となるか

 頻繁に(その言葉が)使用されているにも関わらず『諸作戦のフェイズ』と『紛争のスペクトラム』の実用性は常に疑問視されてきた。ある解説者は『諸作戦のフェイズ』での作戦上の諸段階は「軍事計画のアホウドリ」であると呼んだ。[1]

 両共に重大な欠陥がある。それらの直線的な描写は戦争の複雑さを正しく捉えられず、戦争を各区分へと分割する事は全体論を否定することとなってしまうのだ。なぜなら戦争が左から右へと、あるいは下から上へと各段階の間で明確な区切りを持って秩序ある進展をすることなど滅多に無いからだ。コリン・グレイが述べるように「戦は戦だ、以上。」というわけである。[2]

 同様に戦争の現実とはおおよそ複雑であるため、戦争を特定のタイプの紛争であるとラベルを貼るのは総体の単純化となってしまう。そして戦争がそのコース上に変わらず居続けてくれることなどありえない。普仏戦争は戦争が時とともにどれほど劇的に変容しうるかという事例研究をもたらしてくれている。それは同格の対立国間における従来どおりの通常戦争であるかのように始まり、反乱の戦役へと進化し同時に内戦が遂行されたることとなった。チャールズ・クルーラックによる3ブロック戦争という発想はより正確にそれこそが戦争というダイナミズムと、単純化を避ける必要性を捉えている。


 近年の事例は西側的な戦争観を更に濁らせている。グレーゾーンという用語が中国とロシアによって使用されている戦術を表現するために作られた。サイバー戦争とソーシャルメディアによる宣伝は、暴力の閾値以下の何らかの手段を使用することで目的達成の機会をもたらす。そして通常戦争の特性に別の側面を加えるのである。これらの領域は必ずしも排他的な軍部の権限下にあるわけではない。その他の政府機関は、国家権力の一手段である軍事力の優位性を薄めるという犠牲を払ってでも、これらの領域内でより有利になるように何とか行動しようとしうる。

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『…新たに出現したグレーゾーン内で戦争を起こすというのは歴史的認識を欠いている。』
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Book_Hybrid Warfare グレーゾーンはあくまで新たなラベルとして作られたことを表している。グレーゾーン戦術は長い歴史を持っているが、この用語が採用されたことは、それが実務者に対しまとめて戦争を扱わないよう奨励するという点で、紛争のスペクトラムに関連した別の問題をハイライトしているのだ。Antulio Echevarria 氏が述べたように、新たに出現したグレーゾーン内で戦争を起こすというのは歴史的認識を欠いているのだ。[3]

 例えばロシアがクリミアを掌握する遥か以前より、米国はニカラグアのサンディニスタ民族解放戦線に対しグレイゾーン戦術を展開していた。[4]


 グレーゾーンの意義認識は戦争の最も近年の事情、ハイブリッド戦争を連想させるものだ。これに関しローマ時代まで遡る事例研究を知るには「Hybrid Warfare: Fighting Complex Opponents from the Ancient World to the Present」の論を参照するだけで事足りる。
 ハイブリッド戦争は新たなものではほぼ無い。ハイブリッド戦争とアメリカ独立戦争に関するその研究の中で、著者のウィリアムソン・マレーは独立戦争を勝利へと導いた従来型通常戦型と非従来型戦術の混成使用に関しあらましを述べている。ゲリラにより実行された急襲、英軍後方領域での妨害活動、英国派へのテロ活動、そしてその苛烈な戦闘遂行のその全てが独立派の目的を達成するために練られていた。この書籍の結論でマレーは文中の諸事例研究から読み取るべき最も明らかな教訓とは、ハイブリッド戦争を遂行するための策定は他のあらゆる戦争の種類と同じであると示唆している。
[5]

 戦争の特殊な形態集はその各々が特別な反応を促しており、まるで無限にあるかのように一見思われる。だが、戦争はただ戦争であるだけだ。


 『諸作戦のフェイズ』と『紛争のスペクトラム』のモデルはそれらがある程度の有用性を持っていることを示唆しているが、そこにある欠陥は得られる利益を上回ってしまうのだ。それらの最大の欠点は前述した戦争の複雑さを誤って表現している事(これもまた重要ではあるのだが)そのものでは無い。むしろそれらのモデルが、目的と戦略及び諸作戦の検討をまるで別々の活動でありその管理が異なる組織に置かれているかのように仕向けてしまっている事にある。この分岐は戦争へと向かう理由を戦争の遂行方法から分離させ、兵士たちが終わりなき戦争を戦う状況へと導いてしまう。西側的民主主義には認可された責務分担が存在する。即ち、政治家達が戦争の目的をを設定し資源を提供し、それから軍指揮官達はその手段を決定することになっている。ただしこれらの役割が閉鎖的な各サイロの中にあるのだと意味するわけではない。リンカーン大統領とグラント将軍の例のように偉大な戦争指導者と将軍はどうすればその分断を越えてコミュニケーションを取り行動を起こせるのかを知っていた。諸作戦のフェイズと紛争のモデルはこの分割を強化する傾向がある。よって、より結合的な方法を促すツールが必要となる。目的を取り組みから分離するアプローチは如何なるものであれ誤った方へ導いてしまい逆効果となってしまう。

ウォーサイクルに関する論述

 目的とは戦争において最も重要なものである。目的とは戦争を選ぶ者たちが手に入れたいと望む対象である。それは変わらぬ戦争の性質である根源的真実の1つであり、戦争とは政治的行為であるという見解を強化する。この要因により、あらゆる手段を用いて我が方の意志を敵に強制するためには、その目的を特定することがスタート地点となる。多くの軍が各々の戦争の原則の中に目的の決定を含んでいる事は驚くことではない。最重要事項であるが故に、ウォーサイクルの最上位に目的は置かれ、そこの決定は如何なる作戦の着手よりも先行しなければならない。合同作戦では各参加勢力の目的は完全に一致する必要は無いが、少なくとも両立させる必要がある。目的なしにウォーサイクルが機能することはありえない。

Concept_War Cycle_Aim

The War Cycle (Author’s Work)


 国家または非国家主体がまず目的を決定すると、それを達成するための進展方法として4つのオプションが実行可能となる。目的に沿って各オプションは行動することになるため、加算法的あるいは左から右へと流れるようにインテンシティが増大すると考えられるべきでは無い。また、決して逐次的な進展をしてはならず、ある程度の重複や後戻りがあるかもしれない。例えば状況次第では、目的を達成するための最適行動は作戦発起そこに近い部隊ですることかもしれないだろう。

 4つのオプションとは以下のものである。


・競争と協力(Competition & Cooperation

 国家または非国家主体は、主に認知領域内で敵対者に対し彼らの目的を承服させるために作戦を展開する。非軍事組織の人員や機器も特徴的と言えるだろう。例えば民間漁船の利用して他の勢力が争点となる水域へアクセスするのを妨害することなどがある。ここで強調される項目は、サイバーソーシャルそして電磁技術を使用した非物的運動効果だ。ただしターゲット集団内の内部混乱とソーシャルストレスが引き起こされるため、暴力と死傷者が発生する可能性はある。

 射程限界も存在しない。即ち認知領域内での作戦とはグローバルとなる。核抑止論もまた、その能力を保有している国々にとってはこの段階を持っている。その実施される数多の作戦への参入機関は非軍事分野である可能性が高く、成功するためには政府全体でまとまった活動を維持するための能力と熱意が必要不可欠である。


・遠方部隊(Distant Force

 このステージで表されるのは、活動そのものの増加ではなくむしろ、前ステージと比較すると増大した物的運動効果への期待度および、軍事分野の巨大な役目である。現代のミサイル及び探知システムは国境から数千kmに渡って広がるキリングゾーンを作ることを可能にした。(WW1の時と同様に)友軍がキルゾーンの中であるいは横断してマニューバを行う前に、攻撃側の接近を致命的な火力投射で阻んでしまう敵の能力を抑制することが、攻撃側には必要である。

 重要なことは、遠方部隊は広大な範囲に渡り効力を投射することを示すのであり、人そのものを投射することは意味しない。このステージではミサイルによる物的運動の打撃が含まれている一方で、敵が遠距離攻撃能力を耐えるために投入してくるので、認知領域攻撃もまた明白にわかるようになるだろう。このステージでは代理戦闘勢力の使用や敵本土内の反対派の扇動なども含まれうる。

代理勢力にとってそれは近接部隊となるだろうが、支援勢力にとってはそれは遠方部隊のもう一つの側面であろう。主導機関は軍部であるが他の政府機関が支援を提供することになる。


・近接部隊(Close Force

 遠方部隊が行うのが効果の投射であるとするなら、近接部隊とは人的投射を表す。これは、軍部の人員が最も密接に関わるステージであり、彼らは軍事分野での遂行事項、つまり敵勢力と直接接触するマニューバにおいて最大の役割を果たす。しかし近接部隊のステージで成功に到るには、まず最初に遠方部隊のステージでの闘争に勝利しなければならない。人的投射は敵のキルゾーンを横断することが必要になるかもしれない。もし人員がキルゾーンを、その作戦上及び社会的に許容できる死傷者数限界内で横断しなければならないのであれば、遠方部隊での戦いのステージで必ず勝つことが求められる。兵士、船舶、航空機、そして無人機械であっても、敵のキルゾーンを支配する能力を排除または抑制しない限り、敵に接近することはかなわない。必ずしも全ての敵がキリングゾーンを設置できる能力があると考えるべきではないが、それを行うものは必ず配慮を持って対処しなければならない。そうしなければ、ソンムの戦いの初日に2万人近い英国兵士の喪失や、フレデリックスバーグの戦いでポトマック軍が苦しんだ膨大な人命の損失ような悲劇は繰り返し起こりえてしまうだろう。


・核兵器部隊(Nuclear Force

 そのようなものが存在するが故に、ウォーサイクルの中に核戦争の可能性を含める必要が、特に同等の能力を保有する競合勢力に対してある。しかし核戦争の発生はただ失敗とだけみなされる。核兵器は抑止力としての用途のみを持ち、その検討がフォーカスされるのは競争と協力のステージにおいてであるべきだ。戦争遂行者がこの種の兵器を適用することができる状況を思索することはできるかもしれないが、実際に核兵器の使用を計画するのはあまりにも危険が大きすぎる。核戦争を伴いながらも求められる達成可能な目的など存在せず、ただ文明を故意に終結させる他は無い。また核兵器消滅がベターな平和へ繋がるという可能性は低い。

Italian soldier leave trench to assult_1917

Italian soldiers leave a trench at the beginning of a 1917 assault. (British Library)


 ウォーサイクルイメージの左から右へ進むに連れて人的リスクが高まって進展するが、諸作戦の激しさや戦争への尽力度、国家のコミットメントに相関するものではない。むしろそれは敵味方両方の軍人と民間人の生命のリスクに関係しているのである。


 最初の3つのステージの目的はベターな平和であり、この目的は敵が貴方の意志を許諾する時に達成される。平和という性質は視点によって変わるものかもしれないが、B.H.リデル・ハートが述べたように「戦争の目的とは平和のより良い平和状態」なのである。[6]

平和は安定した状態ではなく、人々の闘争そのものは作戦の停止では終わらないかもしれない。歴史の長いサイクルの中で新しい目的がしばしば出現し、そのプロセスは終わりなきサイクルのありとあらゆる所で始まるのだ。


 この4つのステージは線形進行の印象を与えてしまうかもしれないが、それには該当しない。それとは違いウォーサイクルは動的であるのだ。全てのステージにおいて、目的を達成するために別の方向へと移り使用手段を調整する機会がある。この機能は必要不可欠である、なぜなら(図の)右側への移動は命をより大きなリスクへと晒していくことになり、エスカレーションが限定されない場合は最終的に核兵器での終局へと到ってしまうからだ。それが可能であるとしてだが、限定核攻撃に関する多数の論文は確かにある、しかしレーガン大統領のようなタカ派ですら「核戦争に勝つことは不可能であり戦ってはならない」と述べている。ウォーサイクルではその全ての箇所において、人的損害とインフラ破壊そして人類が生存のために依存している自然システムへのダメージを制限するために、各手法の致死性を下げるよう戦争遂行者は努めなければならない

ウォーサイクルの利点

 ウォーサイクルは我々の時代のためのコンセプトモデルだ。重大なことに、それは戦争の目的とその指揮遂行の間のつながりを復元する。もし目的を明確にしていなければ、その結果はおそらく人命の損失を伴う政治的失敗となり意味のない犠牲を生んでしまうのは明らかだ。確固たる目的無しに戦争を始めることは、政権の持つ最も強力な方策の1つを誤用する事にあたる。このモデルは事態沈静化のために出口を作ることで、リスクの程度を制限もする。


 このモデルにはもう一つ重要な性質がある。西側の人々は戦争と平和を二元的な別個の存在だとして観ることがあまりに多い。君は戦争中だ、あるいは戦争状態ではないというどちらかであるとしてしまうのだ。これに結びついているのは戦争が暴力を必要とするという誤った信仰だ。これは戦争の現実には決して合っていない。それは終局状態ではなく人的コンディションであり、そして平和とは各種闘争間にある一時的な幕間なのだ。潜在的な暴力の脅威は存在しているだろうが、国家または非国家主体が軍事行動に訴える事無しに目的を達成する可能性はある。中国は南シナ海大半領有を主張することを強化する際に、軍事力の閾値以下で留まりながら進展させる能力を示した。サイバーとソーシャルメディアの武器化は、戦争とはコンスタントに続く1つの状況であると認識する事をかつてないほど重要にした。米国民主主義への現在のロシアの干渉が示しているように、今や国家と非国家主体は物的運動能力の行使無しに攻撃し目的を達成することができる。


 戦争が筋力で動く刀やパイクから化学的に作動するマスケットと砲に移り変わった時、その新時代が戦争では無いなどという議論は存在しなかったことを記憶しておくのは、認知領域の軍事利用を考える際に役立つであろう。銃火器が段々と支配的になっていく初期の移行は何世紀にも渡った。今日において移行は何十年も行われ続けてきている。新技術は敵に目的を達する新たな手段をもたらした。これらの手段は爆破や身体の流血や損傷を含むことは無いかもしれないが、戦争がその本質において変わることなく在る事実を損なわせるものではない。

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著者:Albert Palazzo オーストラリア陸軍研究センター 戦争研究室長。

本論で記された見解は著者のものであり、必ずしもオーストラリア陸軍または国防省の見解を反映するものではありません。

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NOTES:

[1] Gustov A Otto, “The End of Operational Phases: At Last,” Interagency Journal, 8:3 (2017) p. 8.

[2] Colin S Gray, Another Bloody Century: Future Warfare, London, Phoenix Books, 2005, p. 370.

[3] Antulio J Echevarria II, Operating in the Grey Zone: An Alternative Paradigm for U. S. Military Strategy, Carlisle, Strategic Studies Institute, 2012, p. xii.

[4] David Ronfeldt and Brian Jenkins, The Nicaraguan Resistance and U. S. Policy, Santa Monica, Rand, 1989, pp. 14-23.

[5] Williamson Murray and Peter R Mansoor, Hybrid Warfare: Fighting Complex Opponents from the Ancient World to the Present, Cambridge, Cambridge University Press, 2012, p. 307.

[6] B. H. Liddell Hart, Strategy, New York, Prager, 1972, p. 351


元英文記事リンク
https://thestrategybridge.org/the-bridge/2019/1/22/the-war-cycle-a-model-for-managing-war  

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訳者による所感


 Palazzo氏は現代軍事研究の第一線におり、この記事が掲載された元サイト「The Strategy Bridge」も専門かつ先端のものです。そのためある程度現代軍事に通じた人向けに書かれており、細部の解説などは省かれています。例えばPhases of OperationsSpectrum of Conflictも当然既知のものとしており、その内容手法と利点欠点詳細は書かれていません。またハイブリッド戦争についても同様です。これらを初めて聞いた人はおそらく本文だけでは要旨が少々分かりづらいかと思います。ただこれらは日本でも何名かの研究者の方々が素晴らしい解説を発表してくれているため、調べることは難しくないかと思います。


 翻訳の目的は主に2つあり、1つは日本の現代軍事理論家の人たちに本論や関連項目についてご意見を伺いたいというものです。Palazzo氏のウォーコンセプトはまだその細部が全て説明されたわけではないかと思います。例えば諸作戦のフェイズの利便性をウォーサイクルが完全にカバーしているわけではないこと、ウォーサイクルそのものの具体的利便性はどのようになるかといったことなどです。

 2つ目の目的は訳者の自省のためです。本論の基礎概念をほぼ把握していたとしても、意図せずして軽視してしまうことがあるように思います。例えば目的こそが最重要という訓戒は当然のことかもしれませんが、目的を「基礎・スタート地点」として次の段階を「積み上げ・出発」していくと次第に目的が最新の状況と作戦の下に「埋もれ・離れ」ていってしまいがちになるリスクがあると感じます。Palazzo氏はそれを避ける素晴らしい表現として、目的に「常に沿う」という描き方をしてくれています。

 個人的には段階性を非常に重視しており、ウォーサイクルがその細部をカバーするのは容易ではないと思います。しかし段階性には大きなリスクが必ずあり完全無欠の論理・作戦などでは無いという認識を決して頭の片隅に追いやらないようにと、この翻訳を行いました。


 まだまだ自分は足りないことだらけですので、ご助言を何卒頂きたく。よろしくお願いいたします。それとどなたか日本の軍事研究者の人にもThe Strategy Bridgeで連載してほしいです…。

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以下、訳者メモ 

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諸作戦のフェイズ(Phases of Operations

https://www.benning.army.mil/mssp/security%20topics/Global%20and%20Regional%20Security/content/pdf/jp3_0.pdf

Phase0=Shaping 形成

Phase1=Deter 抑止

Phase2=Seize initiative 主導権奪取

Phase3=Dominate 支配

Phase4=Stabilize 安定化
Phase5=Enable Civil Authority
 民政移管


The End of Operational Phases at Last
http://thesimonscenter.org/wp-content/uploads/2017/08/IAJ-8-3-2017-pg78-86.pdf

The strategist のoperation phaseに関する記事
https://www.aspistrategist.org.au/fresh-thinking-deal-not-quite-wars-part-1/

紛争のスペクトラム(
Spectrum of Conflict
The Contemporary Spectrum of Conflict: Protracted, Gray Zone, Ambiguous, and Hybrid Modes of War
https://s3.amazonaws.com/ims-2016/PDF/2016_Index_of_US_Military_Strength_ESSAYS_HOFFMAN.pdf
1966年時の
紛争のスペクトラム基礎研究

https://apps.dtic.mil/dtic/tr/fulltext/u2/a488153.pdf


Grey zone tactics=明確な侵犯であるとは国際社会が断定できない領域内で行われる戦略目標達成のため戦術全般

Threshold of violence =暴力の閾値。ある程度以上に暴力がエスカレートしなければ、たとえそれが不法的・非倫理的な力の行使であっても特定社会が大規模な反応を示さないといえる限界水準。


「グレーゾーン事態」分析  エア・パワー研究(第4号) 山下 愛仁

http://www.mod.go.jp/asdf/meguro/center/AirPower4th/88kenkyu01.pdf

Conflict in the 21st Century : The Rise of Hybrid War
http://www.potomacinstitute.org/images/stories/publications/potomac_hybridwar_0108.pdf
ハイブリッド戦争戦略とは何か  小泉 悠
http://www2.jiia.or.jp/kokusaimondai_archive/2010/2017-01_005.pdf?noprint
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Three-block war

Operations in congnitive domains 

non-kinetic effect 非物理運動的効果、電子や思想などの攻撃

検索ワード:クロスドメイン、サラミスライス戦術、世論戦、心理戦、法律戦、歴史戦

・連合作戦で各参加者の目的は一致させるのが望ましいが現実的にそれは難しく無理に一致しようとすることは目的そのものを不適格なものに変質させ得る上に行動を束縛する。

・本論の特徴は段階性への極めて強烈な警鐘である。各部で分かたれており且つその順番が固まっている場合の段階性を強調する。それもある程度の利便性を認めた上で(それ故に使用してしまうきらいはあるが)それが本質的な戦略目的志向の軍事展開を阻害する危険性に着目している。


War is just war.

Warfare is warfare, over.