CIAが1970年6月に入手した、ソ連・ワルシャワ条約機構軍による南欧・トルコ等NATO諸国への攻勢演習図の紹介です。
 元は冷戦が終わりCIAが公開してくれている下記ワルシャワ条約機構の分析レポートからです。1955~1985年の各種の(元)機密報告書を要約し分析をして実に短く読みやすくまとめてくれていますが、その分詳細についてもっと長く書いてほしいと思うかもしれません。多いのでとりあえず作戦図のみ紹介しますが、冷戦期写真はCIAやNARAが多数公開してくれているので元サイトなどを参照頂ければいくつも興味深いものが見られます。

掲載元
CIA公式サイト・ライブラリー
CIA Analysis of the Warsaw Pact Forces: The Importance Of Clandestine Reporting
https://www.cia.gov/library/publications/cold-war/the-warsaw-pact-forces 

CIA公式Flickr
https://www.flickr.com/photos/ciagov/sets/72157631830870415

Soviet_Map_01_-_Warsaw_Pact_Plan_of_Action_CIA

 <ワルシャワ条約機構の南欧及びトルコ侵攻計画全体図>
西側と東側と明記されている

Soviet_Map_02_-_Stavka_Plans_-_Western_Europe_CIA
 <西欧(西ドイツ南部・オーストリア・イタリア)攻勢計画図>
南西軸における部隊位置と東側勢力の攻勢方針の決定 6/29 20:00時点


Soviet_Map_04_-_Warsaw_Pact_Austria_Italy_Plans_CIA
<オーストリア突破・イタリア侵入攻勢計画図>
南西軸における部隊位置と攻勢方針の決定 7/4 18:00時点


Soviet_Map_06_-_Western_Europe_Offensive_Plans_CIA
<西ドイツ南部・オーストリア突破・イタリア侵入攻勢計画図>
南西軸における部隊位置と攻勢方針の決定 7/7 18:00時点

Soviet_Map_07_-_Warsaw_Pact_Planned_Weapons_CIA
<アルプス山脈での爆撃を含む各部隊行動計画>
南西戦線のアルプス東部における各部隊の行動



Soviet_Map_03_-_Stavka_Plans_-_Greece_and_Turkey_CIA
<ギリシャ・トルコ西部攻勢計画図>
南部戦線における部隊位置と攻勢方針の決定 6/29 20:00時点



Soviet_Map_05_-_Warsaw_Pact_Greece_Turkey_Plans_CIA
<ギリシャ・トルコ西部攻勢計画図>
南部軸における部隊位置と攻勢方針の決定 7/4 18:00時点

Soviet_Map_08_-_Warsaw_Pact_Planned_Turkey_CIA
<ギリシャ・トルコ西部攻勢計画図>
南部軸における部隊位置と攻勢方針の決定 7/7 18:00時点

Soviet_Map_09_-_Warsaw_Pact_Turkey_Plans_CIA
<海上作戦を含む南部第2戦線の行動計画>
戦車による海峡横断、空挺部隊投入を含む

Soviet_Map_11_-_Turkish_Straits_CIA
<海峡の特徴>
ボスポラス海峡とダーダネルス海峡の両方広域で横断を計画


Soviet_Map_10_-_Air_Forces_Against_NATO_Naval_Forces_CIA

<地中海の西側海軍に対する攻撃計画>
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以上です。
ワルシャワ条約機構の南方攻勢に関して別資料・図をご存知でしたら何卒教えてください。

 この演習がソ連内でどういった扱いだったのか不明ですが、正直かなり挑戦的な計画だと感じます。ライン川までごく短期間で突破する西欧侵攻計画が対NATOの要であるとした時、その南側方イタリアと南側背にあたるギリシャ・トルコをどうするかという命題は誰もが思い描くかと思います。両共にWW1・WW2での米英の逆襲起点となった実績があり、トルコに至ってはロシアと不倶戴天の歴史を持ちNATO核配備国家でもあります。
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 下記のCIA機密解除文書(1983)で当時のギリシャ・トルコへの攻勢について予測が述べられています。(p9)
https://www.cia.gov/library/readingroom/docs/1983-07-01.pdf
 西欧に比べると2次的な位置づけとなるとされていますがやはり西欧への中央攻勢部隊の南側面になるため重要視されています。それにトルコは最初期のNATO核配備国として戦略の鍵となっています。ただ流石にトルコ東部やシリア、イラクまたはイランまで同時に貫くほどの戦力は(西欧侵攻中は)揃えられないだろうとしています。

 こちらのCIAレポート(1970)では南部はブルガリア軍のみが地上攻勢に出ると予測しています。西欧侵攻に集中するためトルコ軍を拘束する最小兵力にするのではと予測していたようです。(p17)
https://www.cia.gov/library/readingroom/docs/DOC_0000969863.pdf
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 1970年までのソ連計画に関する予測はおおよそ「南方は拘束を目標とする最小兵力とし、西欧侵攻に最大限集中し米軍の増援が来る前にライン川等の要衝を突破し西独・仏・ベルギーまでNATOを粉砕。事後に内線的に南方を各個撃破する」といった様相です。

 ただこの入手演習図が採用上位候補であった場合、攻勢初動(東独・ポーランドからの西欧侵攻発起)と同時に南西及び南方への大規模攻勢を目論んでいたことになります。

西方】⇒7日間でライン川を突破し大西洋岸を目指す、及びリヨンまで9日間で到達しピレネー山脈を目指す。(別条件演習?)
南西方】⇒9日間でオーストリア東部を制圧し、連続してアルプスを突破しイタリア北西へ侵入する攻勢を行う 
南方】⇒9日間でトルコの海峡前面まで到達、連続して海峡を突破しアナトリアで橋頭堡の拡大を図る攻勢を行う 

 恐らく最も難しいのが西方の大縦深突破ですが、他2つも同じく困難を極めるはずです。WW1オーストリアの攻勢やバルカン戦争と希土戦争のギリシャ軍攻勢はこの地域の進軍の厳しさを示しています。

 重要な問題は主軸となる西方に対し残り2方面を同時に行うかです。
 ソ連志向の攻勢正面の広さを考えるとオーストリアを同時に攻めるのは納得できます。その先のアルプスを突破し更に河と防衛網があるイタリア北西まで貫くのも、時間がもう少しあるのでまだわからなくもありません。ですが同時にギリシャを壊滅させ海峡を渡りアナトリア西部への橋頭堡拡大を行う(そのために地中海艦隊を壊滅・追い出し)というのは凄まじ過ぎる攻勢です。フランスまで突破するだけで米英軍の逆襲がほぼ抑えられるなどという楽観はソ連には無く、軍事戦略上は南西と南方を迅速に制圧することが必要なのかもしれません。ただあまりに速くあまりに広いです。
 個々の攻勢の実現性より特にこの南方の軍事戦略観について冷戦に詳しい方にご意見を伺いたいです。
24_Warsaw_Pact_War_2nd Echelon_CIA
<ワルシャワ条約機構の第1梯団と第2梯団>

 戦力についてCIAは過剰に初期は見積もっていたようですが、この攻勢を支えるにはそれでも足りているのかと問いたくなります。もちろん同時に攻勢をかける戦力があるのがより良いでしょうが当然それは極大の困難となりますし、もっと時間をずらした各個撃破案がそこまで論外かと言われると言葉に詰まります。

 西欧侵攻が第1、南西と南方同時侵攻が第2と時期をずらす(侵攻速度は上図でも西方攻勢より遅い)、または南西について初期は緩やかな侵攻となってしまうのを許容するのかもしれません。各年度版の演習で条件は違うと思うので何らかの調整がそれぞれ為されているはずです。ただ南西と南方は同時に行われる想定がされており且つ黒海と地中海方面での海軍・空軍の作戦も達成しなければなりません。

 もしワルシャワ条約機構が本気で同時に各々の攻勢を最短時間で最大進展となるものにしようとしたとしたら、その多方面同時広域縦深攻勢は史上最大の挑戦となったでしょう。


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その他、ポーランド国家記銘院の公開資料
https://pamiec.pl/pa/tylko-u-nas/14605,TAJEMNICE-JACKA-STRONGAquot.html
ワルシャワ条約機構の北西攻勢計画。独中部方面7日でライン川を越える演習があるがこれはその北西の一部。
Day 6でライン川北部まで到っている。
ワルシャワ条約機構の北部攻勢計画
フルサイズ
https://pamiec.pl/ftp/ilustracje/Pamiec_mapa_dodatek.pdf


別資料
ワルシャワ条約機構の核攻撃想定 1979年
ワルシャワ条約機構の核攻撃想定