「ある守備態勢をとっている相手に攻撃を仕掛ける場合、攻撃側は守備側よりも3倍以上の兵力を揃えておくべきである」という言い伝えがあります。これを攻撃側3倍の法則(3:1 rule)と呼び、歴史的にある程度の普遍性がある戦理だと捉えている人は数多くいます。また他の状況下での兵力比率についても数値が与えられている書籍を見かけることもあります。
 ですがこの兵力比率は本当に何らかの論理的根拠や歴史的統計から導きだされた法則なのかはかなり疑念をもたれており、激しく批判する研究者も存在します。

 本稿ではまず米陸軍が教範に採用している該当箇所を抜粋翻訳し、次に統計調査の1つを紹介した上で所感を幾つか書いてみようと思います。米陸軍の表だけしか見ない場合深刻な誤解を招きかねないため、必ず教範文章に目を通してください
 自分の結論を先に書いておくと、『米軍教範の成功戦力比表は実戦で適用できる法則と言えるだけの根拠は存在しないが、立案時の初期スタート基準としては有用であり、立案途中段階で修正を加えるのに役立つ』という意見です。

 また、FM6-0及びATP5-0.2は参謀が立案をする際に具体的にどう進めるかを把握するのに役立ちますので、参謀業務やウォーゲームについて興味がある方はぜひ目を通して見てください。
戦力比別成功率表

___以下本文__________________________________

 攻撃側は守備側に対し3倍より多い数で仕掛けなければその攻撃は成功しない、というフレーズは昔から言われてきた。本稿の焦点では無いが、プロイセン軍にその源流を辿る研究者もいれば各国で言われ始めたのがいつかを調べている者もいる。ロシアやアメリカでは遅くとも19世紀半ばには何らかの形でこの攻撃側3倍則を言及している。
 
 20世紀中には米軍内で広く知られていた。そして1988年にEpsteinが出した論説とそれに続く1989年のMearsheimerの評論、これらへのデータ元としての回答をDepuyがした1989年の論文に代表されるように、20世紀末にはこの原則に対し数々の議論が具体的にされるようになっていた。
 だがデュピュイ研究所のローレンス局長が述べる所によると、この基本戦力比率指針が米軍内で「公式に」採用され教範に載ったのは1991年だった。当該教範は『CGSC ST 100-9 : Techniques and Procedures for Tactical Decision Making』である。
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 21世紀に入ってからで、参謀の教養に正式に組み込まれているものとしては2014年発行FM6-0がある。
 最新のものとしては2019年7月発行のATP5-0.2にもこの戦力比が載せられている。これらには攻撃側3倍則以外の戦力比推奨比率も記されている。

急遽守備の場合の戦力比(守備側視点)
・準備時間のあった守備の場合の戦力比(守備側視点)
・急いで攻撃する場合の戦力比(攻撃側視点)
準備時間のあった攻撃の場合の戦力比(攻撃側視点)
遅滞をする場合の戦力比(遅滞実施側視点)
・敵攻撃にカウンターをしかける場合の戦力比(守備側視点)
突破(先導部隊)に求められる戦力比(攻撃側視点)

 ATP5-0.2は参謀が立案業務をする上で参照するに便利なツールの紹介あるいは立案作業の進め方の典型例として参考にするために用意されたものだ。参謀なら当然読んでいるべきものであるが絶対的に守るべきルールではない。
 ハンドブック的な使い方もできるため短くまとめられており、まずこの該当箇所を抜粋翻訳する。

 先に注記しておくべき所は、米軍では「攻撃側が守備より3倍の戦力を揃えていればその攻撃は成功する可能性が高い」攻撃側3倍則ではなく、「守備側に対し攻撃側戦力が3倍までの場合、守備側は50%以上の確率で防御成功する」という書き方をしていることだ。つまり守備側視点で原則を捉え、3倍までなら耐えられる可能性が高いという書き方で文章にしている(これを守備側1/3倍則と仮で名付けておく)。

 またX倍揃えた場合の成功率が50%より上かどうかという考え方であり、X倍揃えれば成功できると断じるものではない

____以下翻訳__________________________

2019年_米陸軍指揮幕僚大学_陸軍技術出版ATP5-0.2_第2章_計画立案

(略)
第3ステップ_戦力配置

 次のステップは自軍の戦力を並べることである。戦力配置をする際、立案者はまず(立案者の司令部より)2レベル下までの使用可能な全部隊を1つにまとめたものを作成する。(例:軍団司令部の参謀なら師団と旅団まで)
 また立案者は重要装備あるいは各能力(例:防空システムや架橋アセット)をプールしておくことにもなるだろう。
 立案者が自軍戦力を並べるのは2つの理由からだ。第1に、こうしておくことで立案者はどれだけの戦闘能力が使用可能かを正確に把握することができる。第2にそれにより行動過程の中で利用可能な部隊と能力の全てを使用することを忘れないように補助してくれる。
図2-11_副次的ステップ_戦力配置
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 【テクニック】
 利用可能なプールの範囲内で戦力を配置する際に、物理的に移動されるアイコンを使用すること。例えば付箋などがある。このテクニックはまずプールしている所にアイコンを描いておいて、そのプールの中のアイコンを消したら(実際の図面上などの)スケッチに配置するのが好ましい。
 最初に並べられた戦力配置は、決して最終決定配置ではない。そしてそのスケッチは微調整が必要となるだろう。アイコンを使うとスケッチ上で消すのが邪魔になることが度々ある。一度部隊を並べたら、立案者はそのスケッチの最終配置へと手際よく移行することができる。アイコンを使い部隊を表示することは全ての部隊が使用されたかを確かめることにもなり、そして1つも見落としはなくなる。誤って消してしまったり、スケッチに部隊を追加するのを忘れてしまうということがもしアイコンを使わなければ簡単に起こり得るだろう。

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 自軍戦力が特定され、立案者は決定的となる作戦に対して戦闘能力を割り振る。これは最も適切な移動とマニューバ部隊を用いることによって為される。その部隊はプールから取り出されスケッチ上でその該当タスクと交戦する敵脅威のそばに配置される。こうして決定的作戦を達成するために必要な各戦力が割り当てられたら、優先度の順に各々の形成作戦にも同様のプロセスを行っていく。それを全部やり終えたら、プール内に余っている戦力を決定的作戦での戦闘率の向上のためや様々な形成作戦に使い、あるいは予備として置いておく。

注:行動過程の開発改良は、移動とマニューバの戦闘機能を主として焦点とし、その際にはその他支援戦闘機能も一緒に考える。

 戦力及び手段の相関比率の計算(COFM)は自軍戦力がおかれた各場面で敵脅威に影響する。戦力比は歴史的な最小計画比率を基礎とする。例えば防御側は51%以上の確率で3倍の同質戦力を有する攻撃側を撃退することができている。従ってスタート地点として、指揮官は最低でも1:3の戦力比で防御を(立案開始)するべきである。(図2-12の歴史的な最小計画比率を参照)
図2-12_戦力比の計画時考察開始値

 戦闘力比較表はどれだけ良く見たとしても主観的なものに過ぎない戦力配分とは複雑で不正確な作業であり、規格的評価をすることが困難な複数の要素に影響を受けるのである。その要素とは次のものなどがある。
・それまで(過去)の交戦のインパクト
・リーダーの質
・士気
・装備のメンテナンス状態
・その位置にいる時間

 そのタスクに該当する歴史的計画比率を上回るまで、これらの要因がその他の殺傷/非殺傷効果と共に、そのタスクを割り当てられた部隊の相対的戦闘能力を増大させるかどうかを立案者は判定するのである。
 もし上回らなかった場合、立案者は自軍戦闘能力を増大させるか敵戦闘能力を減少させる方策を決めることになる。

 それでもまだ歴史的な計画比率まで到達することができない場合。参謀はその行動過程が実現可能なものなのかを判定しなければならない。(どのようにするかの立案ではなく、することがそもそも可能かの判断。)
実現可能性を確かめるために、参謀は上級司令部に追加リソースを要請する。追加リソースを上級司令部からもらおうとするのは、その上級司令部指揮官が他の優先順位の低い形成作戦においてリスクを受け入れることを望むかどうかを判断するということである。これをするかあるいは、許容される場合だけであるが、各タスクを同時的にではなく順次連続的に実行する。主作戦と支援(助)作戦の各段階または変化を、これらの各オプションが創り出すかあるいは修正することになるだろう。

 その作戦エリアに全ての戦闘能力が割り当てられ並べられたら、立案者はその作戦の成功を確実にし実現可能としておくために求められる維持支援作戦を決める。それが完了次第、スケッチ上にグラフィック的なコントロール手段を配置する。


 行動過程の作成中も審査基準を継続的に確認すること。維持支援作戦の要求事項を確認した後、行動過程が審査基準を満たしているかどうかの最終チェックを行う。満たさない場合は行動過程を変更または廃止すること。

 リーダーはその考慮中の行動過程が問題を解決できるかを確かめるために審査基準を使用する。審査基準は行動過程の許容限界を定める。それらは分析のために使えるベースラインを設けるための道具である。審査基準の適用性に基づきリーダーは行動過程を却下する可能性がある。リーダーは一般的に5つの質問をその候補となっている行動過程をテストする審査基準として用いる。

・それは実現可能か?(Feasible) 使用可能なリソースの範囲内でそれが達成できるのか
・それは許容できるか?(Acceptable) それだけのコストやリスクをかけるに値するものか
・それは適切か?(Suitable) 問題を本当に解決できるのか、そして法的及び倫理的に許されるものか。
・それは区別できるものか?(Distinguishable) それは他の候補の解決策とはっきり異なっているものか。
・それで十全か?(Complete) 最初から最後まで問題解決のクリティカルとなる観点をきちんと含んでいるか。

 (頭文字をとった)『FAS-DC』はこの5つの基準を覚えるのに便利なフレーズだ。

第4ステップ_コンセプトの洗練
(略)

___抜粋翻訳 終了________________________________________

戦史の統計調査

 ATP5-0.2を読んでどう感じただろうか。考察はもう1つの教範FM6-0にも目を通してから行う。FM6-0は正式に記憶して基礎として置くべき教範であり米陸軍の参謀は100%読んでいるもので、記述は参考用ハンドブック的なATP5-0.2より詳細に書かれている。

 けれどもそれを翻訳して載せる前に一度、実際に戦史の事例を統計調査した記録を紹介しておきたい。米軍では記載している戦力比数値を歴史的に教訓を得て算出されたものだと述べている。だがこの統計調査ではそれが違うことを明示している。その調査結果をどういう傾向があるのか含めて把握した上で、改めて米軍のFM6-0を読み彼らの捉え方を考えたい。
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【統計調査に基準を作る必要性】

 統計調査はいくつかあり、正直な所その戦いの結果と分類方法についてはいくらでも議論ができてしまう。まずその結果とは戦いそのものの勝利のことなのか、あるいは戦いの中の一部の攻撃が少なくともその任務を達成したものなのかで変わる。そして勝利とは何か成功とは何かという基準でも、長い歴史の中の事例をまとめて扱う場合には恐らく軋轢が生まれる。米軍は「同等質の戦力」と言っているが兵器装備の水準が両軍で一致する事の方が稀だ。その他膨大な条件の多様性があるが故に歴史的根拠と言える統計を創るのが困難なのは明らかだ。

 ただ条件は各人で合致は中々しづらいものであろうけれども、統計調査に参考となる価値が全くなくなるわけではない。個々の事例にブレがあろうとも、1つの研究所が自己の統一的基準を用いて記録調査をし判定した統計はある程度の参考となるはずだ。

【デピュイ研究所】

 今回紹介するのは米国の軍事シンクタンクであるデピュイ研究所(The Depuy Institute)が集めた戦闘記録と、それを基にローレンス局長が戦力比率について調べた統計である。
 この研究所の歴史は長く現在の名前になる前身の組織は1962年から活動している。デピュイ研究所の特色はその数学的、科学的なアプローチである。戦闘がどう進展するかをシミュレーションするためのツールも研究開発している。デュピュイ研究所が作成したTNDM(数値的戦術決定論モデル)は幾つかの批判もあるが、少なくとも参考の1つとなるツールとして名を知られている。
http://www.dupuyinstitute.org/tndm.htm

 この科学的アプローチを主とする研究所が、特に統計について注力した調査を研究所HPとは別の統計用ブログに載せてくれている。そこにあるデータを元に表とグラフを自分で作成した。

【ローレンス局長の統計調査】

 まずローレンス局長は適切に、戦いと攻撃作戦を一緒のものとすることなく統一的な基準でデータを揃えた上で統計を取ってくれた。例えば「師団レベル」に揃えたり、あるいは「戦争ごと」で統計を分けている。それによりまず攻撃3倍則についての見解をだし、追加として師団以外、会戦規模でも歴史的に遡って統計を出して補足している。
 以下にはその戦争ごとの師団レベルの戦闘記録の統計結果をまず記載し、次に他の統計結果を載せる。
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1904~1991年での師団レベルでの交戦結果
 戦争では分けず、各国の師団単位の交戦で揃えた集計である。これは原則の歴史的普遍性を検証する上で参考になるよう焦点が置かれている。
 記録の比重は次のようになる。

・日露戦争=3件
・バルカン戦争=1件
・WW1=25件
・大戦間期=1件
・WW2=576件
・アラブ‐イスラエル戦争(1956~1973)=51件
・湾岸戦争=15件

 各年代をまとめて集計した時TDIには752件の師団交戦事例が保存されていたが、その内で戦力比が算定できるのは672件であった。結果は次のようになった。
Percent of Attacker Wins_Force ratio_1904~1991
Percent of Attacker Wins_Force ratio_Graphic_1904~1991

 一目でわかるが米軍の述べている守備側1/3倍則は全く当てはまらない。数的優位ならば1倍以上で既に50%を超す攻撃側成功率が出ており、この結果が補強するのは数的優位の包括的アドバンテージだろう。
 一方で「3倍以上の戦力の場合攻撃側は成功する可能性が50%以上ある」という攻撃側3倍則は当てはまっている。ただし3倍則とは言い難く、1倍以上つまり数的優位が少しでもあれば50%以上の確率で成功している。それどころか3倍揃えると2.52倍の時より確率が落ちており、ほとんど2倍の時と同じだ。
 
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WW2での師団の交戦結果統計
 今度はWW2に絞り師団の統計は下記のような結果となった。師団単位の交戦で勝利したかどうかであり、会戦全体の結果ではない。

WW2での師団レベルの攻撃記録年度別内訳
1939年=0例
1940年=2 例
1941年=7例
1942年=1例
1943~1945年=566例

計576の戦闘事例があり、大半が1943年以降である。
Percent of Attacker Wins_Force ratio_WW2
Percent of Attacker Wins_Force ratio_Graphic_WW2

 事例数の比重の内WW2が多く占めていることもあるが、傾向は1904~1991通年統計とほとんど合致している。
 これも守備側1/3倍則は当てはまらず、1~2.99倍の範囲でも既に攻撃側は50%以上の確率で成功している。

 またこれらから限定的な行動あるいは攻撃といった102事例を除いてより適切と思われる484例に絞り再集計したものでも同様の傾向であった。

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WW1及びその他での師団の交戦結果統計
 次に1904~1991年の記録の内でWW2を除いたWW1等での師団単位での交戦成功率は次のようになった。事例件数は30である。
Percent of Attacker Wins_Force ratio_WW1 and others
Percent of Attacker Wins_Force ratio_Graphic_WW1 and others
 2倍以上で3倍未満の場合は67%で攻撃成功しているが、やはり3倍の時は攻撃成功率が落ち、今度は50%を割り込んでしまっている。つまり数的優位が2倍代の方が3倍時よりも成功率が高いという傾向は共通していたのである。攻撃側3倍則も守備側1/3倍則もあてはまっていない。だがこの基準では事例数がだいぶ少ないため誤差は大きくなるだろう。

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アメリカ内戦(南北戦争)での会戦結果
 19世紀半ばの米内戦での会戦を基準とした集計である。今度は師団単位の交戦ではない。
 ローレンス局長も述べているが、アメリカ内戦は戦力比について調べるためには非常に有用な統計対象だ。なぜなら同一国内でおおよそ同種の教育を受けた士官がおり、装備充足率は北軍が優越していたものの歩兵において技術差は他の戦争より小さいものであったからだ。
 合計49の会戦がピックアップされている。
Percent of Attacker Wins_Force ratio_US Civil War
Percent of Attacker Wins_Force ratio_Graphic_US Civil War

 今度は3倍以上の戦力があれば攻撃は全ての場合で成功しており、数的優位でも2倍未満だと攻撃側は失敗している確率の方が高い。だが2.10~2.31倍の時は50%で攻撃側が成功している。即ち守備側1/3倍則は当てはまっていない。

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1956~1973年アラブーイスラエル間戦争での戦闘結果
 次はWW2以降の時代で戦闘単位で結果がどうなったかの集計である。(ローレンス局長の記事にはbattleと書かれているが、記録を見る限り師団単位の交戦と思われる。)
 1956~1973年の期間でアラブーイスラエル戦争では51件の会戦と言える事例が記録されていた。
 湾岸戦争も記録をとられているがこちらは15件しかないため図表にはしない。
Percent of Attacker Wins_Force ratio_Arab Israeli Wars
Percent of Attacker Wins_Force ratio_Graphic_Arab Israeli Wars

 イスラエルとアラブ間の戦争の記録はこの戦力比統計から原則を見出す困難性を示してくれている。攻撃側3倍則も守備側1/3倍則も該当していない。この原因は、米軍式に書くなら、数値に表されない無形の要素による影響だ。例えば練度でイスラエル側がかなりの優位性を持っていたという指摘はこの戦争でイスラエルが数的優位を覆して勝利した最もポピュラーな要因としてあげられる。兵器及び通信などの各種装備でもかなりの非対称性があり、米軍が原則の前提として述べている「同等質の戦力」に該当しないのである。
 この非対称性と練度差は軍事組織及び訓練システムの規格化が進んでいなかった近代以前ではほとんど常時かつより巨大な差が起きていたものだ。今回の戦力比原則のための調査でローレンス局長が1600年までしか記録を遡っていないのはその意味でも適切だろう。

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1600~1900年の戦いの記録
 ローレンス局長は最後に1900年以前の戦いの記録、おそらく最初に3倍則が言われるようになった時代とその参照していた可能性のある時期について戦力比統計をとった。

Percent of Attacker Wins_Force ratio_Battles 1600~1900
Percent of Attacker Wins_Force ratio_Graphic_Battles 1600~1900
 すると非常に興味深い結果が示された。
 まず3.75~3.76倍の2件を除いて全て攻撃側が勝利する確率が50%以上となっているのである。しかし54%前後でありその差異は大きなものではない。件数は5件しかないが3~3.43倍では100%勝利している。これは倍則の議論というよりむしろ会戦単位では攻撃側が有利か守備側が有利かという19世紀初頭の議論を想起させるかもしれないが、今回は焦点ではないため踏み込みはしない。

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 以上でデピュイ研究所のローレンス局長がしてくれた統計調査の紹介を終える。

 やはり3倍揃えて50%以上で成功するとしてもそれは圧倒的な可能性ではなく数多くの事例で失敗しているし、逆に2倍代で成功した事例も数多く存在している。守備側が2~3倍の敵戦力の攻撃を耐えれた事例は50%を下回ることの方が多い。戦力比原則で言われる「1:3」という数値が歴史的根拠のあるものとは見なせないという結果になった。2倍でも50%以上勝った統計もあるし、より確実を求めるなら明らかに3倍よりももっと多い数を揃えるべきであるため、3という数値に拘る必要はない。
 もしかしたら将校たちの経験上、現実的に数的優位を達しようとしたときに実現可能になりやすいのが3倍という数値だったのかもしれない。目指すことが許されるならより多くするのではないだろうか。
 例えば冷戦期にソ連は攻勢主軸において次のような圧倒的な数的優位を局所的に発生させようとしていたこともある。また、ソ連なら攻勢主軸は単に突破するだけでも前進するだけでもなく、縦深にかなりの速度で踏み込み拡げることが成功の条件であった。攻撃成功という基準はやはり捉え方に差異が生まれやすい。
戦力比_攻勢主軸でのNATOとWPO

 この結果はデピュイ研究所の会戦結果判定基準でなくとも、戦史の事例を細かく追った調査なら他でも類似的になると思われる。そもそもMearsheimer(1989)の論文で書かれているが、実は米軍は1986年に598件の戦闘事例での戦力比を調査し、そのような法則性は見いだせないという結果に終わっている。米軍の調査はデピュイ大佐の集めた記録を使っているので、いくつかの最新版アップデートはあるかもしれないが上記のローレンス局長の統計調査とほぼ合致するはずである。
 つまりこの結果を米軍は知っていた上で1991年の採用を行っているのである。

 ここで改めて、(誤りで確定とまではいかずとも)1:3の法則は歴史的には大いに疑問を投げかけられ得る余地があるにも関わらず、なぜ米軍が守備側1/3倍則を公式に採用しているのかを考える必要がある。

 幸いなことにATP以外に米陸軍野戦教範でこの戦力比指針についてより詳しく述べている箇所がある。
 米陸軍野戦教範FM6-0『Commander and Staff Organization and Operations』である。最新版の発行時期は2014年5月だ。
 その記述は理解の大いなる助けになるため、まず該当文章とそれが含まれる章内の各項目を一部翻訳し紹介する。

米陸軍野戦教範FM6-0_各戦闘状況での戦力比基本指針

____以下訳文_________________________________

【FM6-0 第9章_軍事的意思決定プロセス_The Military Decisionmaking Process】

(略)

軍事的意思決定プロセスの各ステップ
< 第1ステップ >
ミッションの受領書
(略)
関係幕僚及びその他重要参加者への警報発布
(略)
ツールのかき集め
(略)
実行見積もりアップデート
(略)
初期評価の実施
(略)
指揮官の初期指針の発布
(略)
初期準備命令の発布
(略)
ミッションの受領書
(略)
< 第2ステップ >
ミッション分析
(略)
上級本部が与えて来た計画または命令を分析
(略)
・上級本部の
 ‣指揮官の意図
 ‣ミッション
 ‣各作戦のコンセプト
 ‣利用可能なアセット
 ‣タイムライン
・近隣部隊、支援をする部隊、支援をされる部隊のミッション及びそれらの上級司令部の計画への関係性
・その作戦エリアで活動する統合的行動を執るパートナー部隊のミッションまたは最終目的
・各作戦のエリア割り当て

戦場の初期インテリジェンス準備の実施
(略)
必須タスク、必要性が暗に示されているタスク、特殊タスクの決定
(略)
利用可能なアセットのレビューと不足している資材の特定
(略)
制約事項の決定
(略)
 制約事項とは上級司令部によってその司令部に課される制限のことである。
(略)
クリティカルとなる事実の特定と想定の開発
(略)
リスクマネージメントの開始
(略)
初期の指揮官が要求するクリティカルな情報と友軍部隊情報の必須事項の開発
(略)
初期情報収集計画の開発
(略)
利用可能な時間の計画開発
(略)
初期のテーマとメッセージの開発
(略)
提案された問題事項の開発
(略)
提案された任務綱領の開発
(略)
・誰が、その作戦を実行するか(who = unit / organization)
・何が、その部隊の必須タスクか(what = tactical mission taskあるいは戦術的目標対象
・いつが、作戦の開始で期間はどれほどか(when = time /event
・どこで、作戦が行われるか(where = area of operations 作戦エリア, objective 目標, grid coorditnations 作戦軸の調整)目標地点とルート
・なぜ、その部隊はその作戦を遂行するのか(why = for what purpose 目的)

ミッション分析のブリーフィングへの出席
(略)
初期の指揮官意図の開発と発布
(略)
初期計画指針の改定と発布
(略)
行動過程コース上の推定基準の改定
(略)
準備命令の発布
(略)

< 第3ステップ >
行動過程の開発
(略)
相対的戦闘能力の評価
(略)
 戦闘能力の1つの機能として、各戦力比率(force ratios)の分析および各部隊の戦力と弱点部を比較し決定することによって、立案者たちは次の事項への洞察を得る。

・その作戦に属している友軍部隊の能力
・自軍および敵軍の両方の視点から考えた各作戦のタイプ
・敵軍はどこでどのように脆弱になる可能性があるか
・自軍はどこでどのように脆弱になる可能性があるか
・そのミッションを遂行するために必要とされる追加リソース
・既にあるリソースをどのように配分するか

 立案者たちは戦力比の数学的分析だけを基準にして行動過程(COA、行動計画の1コース)を変更し提言しては決してならない。このプロセスでは確かにある程度の数的関連性が用いられるがその推定値は大部分が主観的なものである。戦闘能力の評価をするということは有形無形その両方の要因を評価する必要があるのだ。その要因は例えば士気や練度があるだろう。相対的戦闘能力評価とは、活用可能な敵の弱点部を特定し、無防備な自軍の弱点部を特定して、文民権威機構のタスクへの本質的安定化や防衛支援を実施するために必要な戦闘能力を決定するものなのである。

選択オプションの作成
(略)
 制約の無い範囲で、立案者たちは可能性がある複数の行動過程を作成開発しておくことを目指す。利用可能な時間に応じて、指揮官はその指揮官指針の中で選択オプションを限定するだろう。各オプションは敵側行動過程の採用される可能性が高い順で焦点を当てるか、状況がこれ以上悪化するのを防ぐために最も重要な安定性タスクに焦点を当てることになる。
(略)
 陸軍の指揮官は各作戦を編成する際に特定の枠組みに縛られることはないものの、次に述べる3つの作戦フレームワークが過去の経験から価値があると証明されている。上級司令部は特定のフレームワークあるいは複数のフレームワークを隷下部隊司令部へと使うように指示を出す。そのフレームワークは全ての梯団を内包しているべきである。3つの作戦フレームワークとは次のものである。

・縦深域 ー 近接域 ー セキュリティ域
・主要注力箇所と支援(助)注力箇所
・決定的行動 ー 形成行動 ー 維持支援行動
(略)

戦力配分
 決定的作戦行動と形成作戦行動および関連タスクと目的を決定した後、立案者は各タスクを達成するために必要とされる相対的戦闘能力を決定する。しばしば立案者は歴史的な最小計画比率を、スタート地点として、使用する。
 例えば歴史的には、3倍の同質戦力を有する攻撃側を防御側が撃退した確率が50%以上ある。従って、スタート地点として、指揮官は各接近路を大体 1:3 の兵力比で防御することを考えるであろう。
戦力比の基準_FM6-0_思考スタートポイント

 これらの要素が、そしてその他にもある無形の各要素が、そのタスクの歴史的計画比率を上回るまで、そのタスクを割り当てられた部隊の相対的戦闘能力を増大させるかどうかを立案者は判定するのである。もし超えない場合は、立案者はどのようにその部隊を増強させるかを決めることになる。
 戦闘能力比表はどれだけよく見ても暫定的な仮のものだ戦力配分はトリッキーかつ不正確な作業であり、それまでの交戦のインパクトやリーダーの質、士気、装備のメンテナンス状態、その陣地についてからの時間などの測定が困難な要因に影響される。電子戦の支援、火力支援、近接航空支援、民事支援、そしてその他多くの要素の度合いもまた戦力配分に影響するのだ。

 対反乱作戦の場合において、立案者は兵員密度を測定評価することによって必要な兵力について改良することができる。その比率とは、住民に対する治安部隊の比率のことだ。治安部隊にはそのホスト国の軍隊や警察、外国人部隊も含む。ほとんどの推奨密度は、1つの作戦エリア内において住民1000人あたり20~25人の対反乱用戦力という範囲内に収まっている。住民1000人あたり対反乱用戦力20人の比率が効果的な対反乱作戦に必要な最低兵力密度と考えられることが多い。だが上述の比率表と同様にそのような計算は各々の状況に大きく左右される。(対反乱作戦計画の詳細についてはFM3-24を参照)

 また、立案者は民間人からの要請や注意が必要となる各種条件を考慮して相対的戦闘能力を決定し、安定化タスクのための部隊と能力を決定する。例えば、ある行動過程コースにおいては後続部隊は密集人口都市エリアで延長期間を越えてすら民間セキュリティ、文民統制の維持、必須サービス事業の回復を要請される。立案者は兵員対タスクの分析を行ってこれらのタスクを達成するのに必要な部隊のタイプと能力を決定する。

 それから立案者は自軍戦力の初期配分を決定的作戦や続く形成作戦及び維持支援作戦と共に策定を進める。立案者は通常は地上戦力を彼らの隷下部隊の2つ下のレベルまでを並べる。(※例:軍団→師団→旅団)最初の配置は特定タイプやタスクの組織に関わらず包括的な地上マニューバ部隊に焦点をあて、その後でそこに適切なあらゆる無形の要因を考慮することになる。
 例えば軍団レベルにおいて立案者は包括的な各旅団の配置を決める。このステップの間ではまだ立案者は特定の部隊にミッションを割り当てはしない。即ち彼らはどの戦力が彼らのタスクを達成するのに必要かを考えるのみなのである。またこのステップでは立案者は本質的安定化のタスクを達成するために各アセットを配置する。
 
 初期配分は必要になる全体部隊数量を特定し、敵及び安定化タスクに対処するために使用する可能性のある方法を特定する。
 もし(そのミッションのために)配分計画された数が現実的に利用可能な数の中に納まっていた場合、立案者は(余った分を)追加部隊として蓄えておき、初期の作戦コンセプトを改良することになった際に使用する。
 もし(そのミッションを達成するために最低限必要と見なされ)配分計画された数が現実的に利用可能な数を超過しておりその差が無形要素があっても埋め合わせることが不可能であった場合、幕僚はその行動過程コースが実現可能かを判断しなければならない。不足分を補う方法としては、追加リソースを要請する、作戦エリアのその部分でのリスクを受け入れる、あるいはその作戦過程コースに必要なタスクを同時的にではなく順次連続的に実行する、などのやり方がある。また指揮官は民間人の負担を最小化し緩和するための要件を考慮しておくべきである。市民の安全を確立し医療や水、食料、シェルターなどの生活必須サービスを提供することは、あらゆる戦闘作戦中の指揮官に課せられた暗黙のタスクなのである。

広範コンセプトの開発
(略)
・作戦の目的
・どこで指揮官がリスクを受け入れるのかの声明
・自軍側にとってのクリティカルとなる出来事と各段階の移行を特定
・予備の指定、場所と構成を含む
・情報収集活動
・必須安定化タスク
・作戦中に進展する可能性があるマニューバの各オプションの特定
・各作戦エリアへ隷下部隊を割り当てる
・火力計画
・テーマ、メッセージ、運搬手段
・軍事的欺瞞作戦
・重要コントロール手段
・その作戦のための作戦的フレームワークの指定(縦深ー近接ーセキュリティ域、主と助の活動、決定的ー形成ー維持支援作戦)
(略)

本部の割り当て
(略)
行動過程の綱領と概略の策定
(略)
 行動過程の概略には包括的部隊と統制手法の配分を含み、それは次の事項などがある。

・その部隊とその隷下(従属)部隊の境界線
・その部隊の移動フォーメーション(これはその司令部のレベルの部隊のことであり隷下部隊内部のフォーメーションは指定しない)
・発起線あるいは接触線や段階線(必要となった場合)
・情報収集グラフィック
・地上及び航空の前進軸
・集結エリア、戦闘位置、強化点、交戦エリア、目標
・障害物コントロール手法と戦術的ミッションのグラフィック
・火力支援の調整と航空域の手段の調整
・主となる注力
・司令部の位置とクリティカルとなる連絡結節点
・判明している敵の位置または敵配置テンプレート
・人口密集
(略)
作戦過程のブリーフィング実施
(略)
継続的分析のための行動過程の選択または修正
(略)
図9-5_旅団の行動過程の概略サンプル

< 第4ステップ >
行動過程の分析とウォーゲーム実施
(略)
ツールのかき集め
(略)
 必要となるツールは次の事項があるが、これらだけになるとは限らない。

・実行見積もり
・脅威のテンプレート及びモデル
・民事のデータとオーバーレイ
・修正された複合的障害物のオーバーレイと地形効果のマトリックス
・記録方法
・既に完了した行動過程、ここにはグラフィックも含む
・敵と自軍のシンボル及びその他組織といった情報を知らせるかあるいは表示する手段
・作戦エリアの地図

全ての友軍部隊のリスト
(略)
想定が列挙されたリスト
(略)
クリティカルとなると判明している出来事および意思決定ポイントのリスト
(略)
ウォーゲーム手法の選定
(略)
図サンプル_ウォーゲーム手法

記録テクニックの選定と結果の表示
(略)
図9-3_サンプル_調整マトリックス

その作戦のウォーゲーム実施と結果の査定
(略)
ウォーゲームのブリーフィング実施(必要な場合)
(略)
ウォーゲームの一般則と責任
(略)

< 第5ステップ >
各行動過程の比較
(略)
優位事項及び不利事項分析の実施
(略)
各行動過程を比較
(略)
図9-7_サンプル_意決定のためのマトリックス

行動過程の決定に関するブリーフィングの実施
(略)

< 第6ステップ >
各行動過程を承認
(略)

< 第7ステップ >
命令の策定、受け渡し、移行
(略)
計画と命令の調和
(略)
計画と命令の間の橋渡し
(略)
計画または命令の承認
(略)

※【軍事的意思決定プロセスの各ステップ】の節はここまで。次節は「Plannning in a time-constrained environment」が続く。
____抜粋翻訳 終了_______________________________________

考察

 以下は考察だが、半分は米陸軍教範の文章の読解となっている。もしかしたら記し直さなくても自明のことだと感じるかもしれない。
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 米軍が教範の誤ったあるいは誤解を招きかねない文章を載せるのは珍しい事ではない。教範が発行されるたびに議論が巻き起こり、技術発展と共に数年ごとに改定を行ってきた。統計的な根拠はないという結果に到った時点で「米陸軍は間違っている」と言って終わる場合もあるだろう。しかし米軍の最高頭脳と言える将校達が集まり製作しているという事実を鑑みて、そこに何らかの意図がある可能性は無視していいものではないはずだ。よって情報の結果に対し結論を出すのは考えてからにする。
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 改めて3つの事象を列挙する。

成功戦力比表は歴史的な統計結果に基づくものではない、とデピュイ研究所のデータは示している。
米軍の一部は1986年にデピュイ研究所の598事例の戦闘記録を調査し成功戦力比表で載せられているような傾向が歴史的に見られないことを把握していた
・米陸軍は1991年に公式採用をし、以降2014年に参謀全員の必須教範であるFM6-0に載せ、2019年時点でも指揮幕僚大学の参考資料ATPに載せている。

 単に間違っているというだけの結論に到れないのは、1986年の調査で米陸軍の教範作成者が統計を知っていた可能性が高いことで更に補強される。知っていた上で記載したのであれば、その理由が教範中に示唆されているはずだ。
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【米陸軍の捉え方の要点】

 1991年米陸軍指揮幕僚大学ST100-9、2014年米陸軍野戦教範FM6-0、2019年指揮幕僚大学陸軍技術出版ATP5-0.2の文言を読み直した時、そこには共通して強調されている考え方がある。

・参謀の『計画立案の各ステップ』用に書かれた章内に成功戦力比表は存在する。
・立案の『開始部分としては』成功戦力比表は使える、という書き方となっている。(しかもその箇所のみがカンマで区切られて強調されている。FMとATPは『 , as a start point, 』STは『 , as our start part, 』)
・戦力配分は『複雑で』『不正確』な作業であり、この戦力比の数値は『おおまか』であり『実行段階での配分は変化』し得る。
・必ず戦力比表の前後の文に『戦闘能力とは多数の複雑で無形を含む各要素に影響を受ける』ということが強調されている。
・『どれだけよく見たとしても(at best)』この戦力比表は『暫定的』または『主観的』なものである、と表の直後に強く注意を促す文章がある。
・この戦力比表の数値は『ただ計画のためのツールとしてのみ(only tools for the plan)』存在している。

 以上の要点から、米陸軍は戦闘能力とは無形を含む多数の要素の影響を受けるため、むしろ実行段階では戦力比表は頻繁に変化し得ること及び変化させてよいことを強く認識させているのがわかる。そして計画立案を進めるために最初に参考しておくとある程度便利なツール、要するに『叩き台に使う歩掛』のように捉えている。
 つまり成功戦力比表は絶対的法則ではないのだ。あくまでスタート時点の自軍も敵軍も情報がまだ出揃っておらず既にある情報も確かめることができていない暗闇の中で計画立案を進めるために、立案の1歩目をどう踏み出すかを示した最初のベースラインなのである。
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 理論の研究ではなく、現実に活動をする立案者たちにとって有意義なのは何かを考えた時、3:1原則の否定だけでは不十分だ。代わりの数値を提案しなければ立案者の役に立てない。間違った方向へ行くのを防ぐために否定するというのであれば、それは既に教範中にある文章をしっかりと読み解けば十分把握できる。Epstein(1988)が挙げた多要素影響性や本稿で指摘したような統計の困難性も、戦闘計画立案を担うほどの参謀であれば当然わかっているはずだ。

 実戦段階では参謀たちが複数修正要因を指摘することになる。最初の叩き台としての数値があれば、『どう』修正するかの方向性が生まれる。もし数値が与えられなければ闇雲に各人が意見を述べてきて指揮官はまとめるのに多大な苦労をすることになるだろう。FM6-0の第3章で重視されているknowledge managementはここにも影響している。
 そこに最後に収束すべきというルールではなく、最初に叩き台にして修正に方向性を与えるためのツールと捉えた場合、参謀用のこの数値は誤差のあるものだとしても使用する意義は完全に否定されるわけではないと思われる。
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【誤解を避けるために】

 とは言ったものの、この成功戦力比表が統計的に著しいズレがあるのは事実だ。ローレンス局長はかなり強く苦言を呈しており歴史的な根拠のないただの感覚論という意見を持っている。個人的にもこの数値は誤解を招きやすいと考えている。
 勿論守備側有利に傾く論理要因として、Epstein(1988)が挙げたような地理的な優位性、19世紀の軍事研究の大家たちが述べた時間をかけてその場に強力な陣地を構築できる準備的優位性などの個別の事由は否定されない。坂口教授(2011)が大規模な投射の際に距離が戦力と相関するのではないかと論じているのも興味深い。ただ米軍が述べているように複数の要因がそれぞれ変化しながら影響し合って結果を生むため、普遍的なルールを歴史から創り出すのは非常に難しい。時に合致し、時に全く違う結果になる。結局の所必ず立案時にレビューと調整が求められるのだ。

 上述のように教範中の文章をしっかりと読めばこの数値を法則だと誤解することはないはずだが、読み飛ばして表だけ見たり、記憶が薄れた際に印象に残ったものだけ軽はずみに使ってしまうことも起こり得てしまう。(本稿でも繰り返しこの表が修正を前提に載せられたものだと注意喚起をしているが、もしかしたら読み飛ばして表だけ見て「米軍はこの法則を採用している」と言う人が現れてしまうかもしれない。)
 それに実戦中に詳細に検証することができない場合、例えば時間が無かったりレビューする指揮官の業務負荷が膨大になり過ぎたケースでは、指揮官は恐らくこの数値を拠り所にしてしまうだろう。すると潜在的リスクを常に抱えることになりながらも、それを意識しないことになりかねない。

 この表の数値に到達したからといって指揮官が盲目的に安心してはならない。指揮幕僚大学ATP5-0.2のタイトルがこの戦力比成功率表の位置づけを端的に表している。
 『STAFF REFERENCE GUIDE STAFFING DRAFT ー NOT FOR IMPLEMENTATION
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 従って、誤解を避け且つ利便的ツールとして残すために次のようにしておくと良いかもしれない。

・文章の書き方は守備側1/3倍則ではなく、攻撃側3倍則にする。
・絶対的法則ではないことと、立案スタートの叩き台として修正に役立つツールであることを更に強調する。
・ATP5-0.2には表を残し、FM6-0からは削除してATPに参照表があるのを知らせる注釈を挿入しておく。
・『historical』という単語を削除し、統計ではなく米軍内将校の感覚的に良いと考えられている数値だと明記する。
・新たな戦争に参画した場合は記録をとり、一定期間が過ぎた後に戦力比表をその戦争内で見られた傾向に合わせて修正し、戦争の残りの期間に役立てる。

 今後も他の統計調査や変化因子の研究により、戦力比成功率表が改定されたりあるいは別の方程式を加えられることになるかもしれない。きっと科学的アプローチを重視して行われるだろう。そしてそれがあったとしても尚、参謀と指揮官はその数値を絶対的なものとは捉えてはならず、現実の多様な状況に基づき修正を加えなければならない。













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 以上です。ここまで長い文を読んで頂きありがとうございました。
 御見識を少しでも教えて頂きたく、話しの叩き台になれたらと本サイトを作っています。考察・別説等をご存知でしたら何卒よろしくお願い致します。

 正直この戦力比表が現代の米軍教範中にあるのを最初知った時驚きましたが、その後きちんと文を読んだら単純にやらかしたというのではなくある程度の意図があるのだと感じました。
 高度な教育を受け参謀たちの補助もある指揮官が失敗をした事例は、その人物が愚かだったと断じて思考を停めるのではなく、なぜ彼らがそうしてしまったのかの背景要因まで考える方が有意義になると思っています。本サイトの基本方針としてこのような思考アプローチをすることとしており、今回の記事の作成にあたりそれが役立ったのではないかと思います。






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 3倍則の話から少し外れるが重要な関係性のある事柄として、会戦はそもそも数的な差異がそこまで大きくない時に起きやすい、という仮説がある。

数的優位側が勝利した戦の統計調査の試み】ではソーントン博士のプログラミングからだした統計記録を紹介し、ここでも会戦が起きる時は数的差異が小さいという結果が得られていた。
http://warhistory-quest.blog.jp/20-Feb-27

 (そもそも戦闘は両者の合意によって発生するためあまりに戦力差があると会戦を避け、差異があるのに会戦を受けるなら別要素で明らかなアドバンテージを持っていることが多いのではないか、とソーントン博士は考えている。)

 デュピュイ研究所の統計結果も完全にそれと合致した。数的差異が小さい戦いほど記録数が多く、数的差異が大きすぎるものは事例数が著しく減少した。今回の焦点の3倍のラインでは遥かに2倍代より事例数は少なく、4倍以上となるともはや稀少と言えるほどとなっている。

参考文献

US Army, (2019), ATP5-0.2『STAFF REFERENCE GUIDE STAFFING DRAFT ー NOT FOR IMPLEMENTATION』
US Army, (2014), FM6-0『Commander and Staff Organization and Operations』

John J. Mearsheimer, (1989), "Assessing the Conventional Balance: The 3:1 Rule and Its Critics"
Joshua M. Epstein, (1988), "Dynamic Analysis and the Conventional Balance in Europe"
T. N. Dupuy, (1989), "Combat Data and the 3:1 Rule"

デピュイ研究所の統計調査 ローレンス局長による
Christopher A. Lawrence, (2019), "The Source of the U.S. Army Three-to-One Rule"
同上, (2019), "Post-World War II Cases from the Division-level Database"
同上, (2019), "The World War II Cases from the Division-level Database"
同上, (2019), "The World War I Cases from the Division-level Database"
同上, (2019), "The U.S. Army Three-to-One Rule versus 49 U.S. Civil War battles"
同上, (2019), "The U.S. Army Three-to-One Rule versus the 752 Case Division-level Data Base 1904-1991"
同上, (2019), "The U.S. Army Three-to-One Rule versus 243 Battles 1600-1900"

坂口大作, (2011), "Distance and Military Operations: Theoretical Background toward Strengthening the Defense of Offshore Islands"

その他
TDI = The Depuy Institute = デピュイ研究所 またはデュピュイ戦略研究所のHP及びブログ


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【メモ】
・自衛隊では最近subordinateを隷下と訳さず従属部隊と訳す方が適切なのではないかと提言する人もいる。

・COA=行動過程 コース
・DO=Dicisive Operation
・SO=Shaping Operation

・By the time they get to 2.50 to 2.99-to-1 odds they are winning 83% of the time. It is quite clear from this data that the U.S. Army rule is wrong.      (by  Lawrence)

・Planners must not develop and recommend COAs based solely on mathematical analysis of force ratios.
Although the process uses some numerical relationships, the estimate is largely subjective.
Assessing combat power requires assessing both tangible and intangible factors, such as morale and levels of training.
A relative combat power assessment identifies exploitable enemy weaknesses, identifies unprotected friendly weaknesses, and determines the combat power necessary to conduct essential stability or defense support of civil authorities tasks.

・Options focus on enemy COAs arranged in order of their probable adoption or on those stability tasks that are most essential to prevent the situation from deteriorating further.


Combat power comparisons are provisional at best.  FM6-0
Combat power comparisons are subjective at best.  ATP5-0.2
There are only tools for the plan.



類似研究として、米軍の戦略研究センターが1993年に行った戦闘での損耗率調査もある。
PERSONNEL ATTRITION RATES IN HISTORICAL LAND COMBAT OPERATIONS: AN ANNOTATED BIBLIOGRAPHY
https://apps.dtic.mil/dtic/tr/fulltext/u2/a268787.pdf