ソ連とロシアで使用されてきた戦術レベルの中隊及び大隊防御フォーメーションの説明と、技術発展の中で別のフォーメーションに改革すべきだとし提案された新型案の紹介をしてみようと思います。
Trefoil formation by a company
 20世紀末のソ連において(もしかすると21世紀のロシア軍内の一部でもまだ) 議論された防御隊形があります。 それはトレフォイル=三つ葉と呼ばれた隊形です。これは極めて大胆な変化を防御の基盤にもたらし得る発想でした。
 強大な軍事力を有する敵と対峙する戦場において、ソ連軍内では従来の防御隊形では技術的発展や新たな性質に十分対応できないと考え、新型フォーメーションを提案した者達がいました。今回はまずWW2から現代まで使用されている従来の2梯隊型防御フォーメーションを説明した上で、次に新型案を巡る議論の一部を訳します。

関連リンク
【資料紹介_現代ロシア陸軍の基本戦術、装備、軍部構造、近代化理論基盤_2016】
http://warhistory-quest.blog.jp/19-Nov-28

従来の一般的な防御計画

 ロシア/ソ連の陸軍は地形的性質の影響のせいもあってかなり早くから全周防御隊形と、拠点を複数作り相互連携する多層的陣地に注目していた。それらの発想は遥か古代から定評のあるものだ。相手が移動能力で上回っていたり、味方の防衛線が突破された際に、或いはシンプルにどこから来るかわからない時に、己の部隊の側面や後背を突かれないようにするというのがその隊形の機能的目標なのでごく自然の帰結であった。方陣や円陣または三角や多角形といった様々なバリエーションはあるが、そのコンセプトは常に多方向へ備えることにある。軍人たちは慣れ親しんだこの手法を長らく使い続け、そして実績をあげて来た。

 現在のロシア連邦軍では、上位階梯部隊の計画次第では単線的な布陣をしくこともあるが、防御時はいずれにせよ全周警戒する防御拠点を作り、それを組み合わせて全体の防衛線を成している。(※ 小隊以上の大隊や軍団まであらゆる階梯では、防御陣形として横陣形、凹三角型、右(左)鈎型の基本パターンがあり、これに機甲の運用手法でノマドなどが加えられるのであるが、今回はこれらの分岐はテーマとはしない。)

 ただし「通常の戦争」において隣接部隊と離隔距離が広く成り過ぎない程度に戦線を形成する場合、その防御は特定方向(正面)への指向性を持ち、偵察から始まり障害物および塹壕そして火網に到るまでその正面方向に最大効力を発揮するように偏りを持って設計される。中隊単位で見た時、側面及び背面には必ず備えをするがそれは正面方向に比べるとかなり脆弱である。これは戦術的な見落としによるものではなく、むしろロシア軍の戦術的コンセプトがまず戦線の前面で敵の前進を粉砕してしまおうという狙いに重点を置いているからだ。そして防御大隊の内部に(中隊拠点間のギャップを突いて)侵入した敵に対して大隊全体で調整された戦術的逆襲を行う。それは大隊の有するモバイル部隊の投入であったり、各中隊が火力集中を行う大隊単位でのキルゾーンを用意しているからであったりする。中隊同士は互いに補完し合い、ある中隊の側面や背面を突く位置に敵が来た時その敵へ別の中隊が効果的に攻撃できるようになっている。或いは大隊は各中隊を単線形に並べ強固に密度を上げ、代わりに上位司令部のモバイル部隊または予備を投入するよう計画を調整しておくこともある。後列梯団が無いフォーメーションは実戦例では存在するが、可能な限り置けるよう各司令部は尽力する。
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小隊
 小規模編制から順に防御を説明すると、まず各分隊は各々の正面を設定し、それらを組み合わせ小隊の正面が形成される。各分隊の作る壕などの陣地は連絡壕または何らかの通路で接続されるのが望ましい。同時に必ず後方陣地や代替陣地を準備し、敵が背後や側面に来た場合にも備えておく。下図右の射撃計画はそれがわかりやすい。射撃の密度が高い方向が正面と呼ばれ、薄い方が側背とされる。士官、下士官は絶対に小隊の後背と側面をおろそかにしてはならず、代替陣地(第2ポジション)等の準備をしておくこととされる。
 以下の図はロシア軍士官用教本2011年版『自動車化歩兵(または戦車)旅団の戦闘基礎事項』からの引用だが多くの教材にこれらは乗っており、ソ連末期から大きな変化も無い。
自動車化歩兵小隊の防御隊形自動車化歩兵小隊の射撃計画の例
< 自動車化歩兵小隊の防御隊形の例  射撃計画の例 >

中隊
 下記の中隊防御の例では、後列(第2梯隊)配置により縦深を有する右図の方がより見かけるだろう。ロシア式作図ではこれらをまとめて単線で囲むことで防御陣形全体の強化領域を明示できるようになっており、(初期配置ではなく、敵が後背に来た時用に事前に移動先の塹壕を準備しておく等)確実に全方位に警戒を持てるように士官はチェックすることとされている。ロシア/旧ソ連圏の自動車化歩兵中隊や大隊の教本では単線型の左図が省略されることもある。ただ単線形は別隊形を取る他の部隊と組み合わせて用いられるなど、決して皆無ではない。(サンプル図後述)
 また、各拠点間にも部隊は配置される。ダミーの陣地も含め各部隊の正面が繋がるように上位階梯司令部は計画を立て、第1戦線、第2、第3戦線、、、を形成する。
自動車化歩兵中隊の防御陣形_1線型と2線型
< 自動車化歩兵中隊の防御の例 左:単線型、右:2梯隊(層)型>
防御_自動車化歩兵中隊_射撃計画
< 中隊の射撃計画の例 2梯隊型 >

(※ ここでの後述の新型案に関係する注意事項は、中隊単位で見た時その有する全小隊の火力最大発揮方向は中隊の正面方向と合致していることだ。確かに相互連携をし、いずれの小隊の側背でも反応をできるようになっているが、その火力投射量は中隊全体で見た時に限定的な量となってしまっている。少なくとも中隊の有する火力の90%をあらゆる箇所に投射できるとは言えない。今回のテーマはそこの改善案にある。即ち従来の防御方式は全周方向への防御対応は確かに準備されているが、果たしてそれは充分な量かを問うている。)

大隊
 1987年士官用参考教材『戦術』に載っている参考図を添付する。基本的なコンセプトは中隊の時と同じである。少なくとも第1線にいる2個中隊は、その背面を攻められた時に第2戦にいる中隊またはモバイル部隊からの援護を受けられる。後列中隊において後背の警戒を厳にする等のより全周方向への対応を指向するのは基本とされる。連隊または旅団単位で見た時、この大隊の側背面は別の大隊がカバーするよう設計されているだろう。
s10電動ライフル大隊の防衛エリア
< 自動車化歩兵大隊の防御の例 ※より後背を強化したパターン >

 大隊レベルで敵を中央のキルゾーンへ引き込む計画をした場合、単線型でかつ中央凹形状の隊形を、大隊防御の後列梯隊にあたる中隊が行うケースもある。その場合は残る2個の中隊は2梯隊式で大隊の前方列に展開する。(後述)

 これらは地形と友軍部隊の状況そして敵軍の戦術に応じて最適の案を採用させる。機甲集団や砲兵など各種兵科の部隊が各々の役割を持って追加されはするものの、上述の防御コンセプトは大隊や旅団あるいはより上位の編制でも同種のものが適用される。また中隊以上では、特に旅団においてはこれらの各拠点防御の中間に突入してきた敵を火力及びマニューバの集中により撃滅するシステムが構築される。
自動車化歩兵大隊の防御エリアの例
< 自動車化歩兵大隊の防御の例 防御線を表示 >


中央へ侵入した敵への攻撃を可視化
< 補足:歩兵旅団の防御 (4個大隊編制)> 
※中央に事前に鶴翼型の迎撃陣地が計画される。中央に侵入した敵へ、より攻勢的な防御を実施するコンセプト

 つまり正面と呼ばれる火力強化方向を有しながらも全周への警戒を大前提にした拠点が、複数配置され互いの側背をカバーする相互支援が設計される。そしてそれぞれの正面が連結し各エシュロンの戦線を形成し、各階梯が可能な限り縦深に複層にわたり部隊を配置し、侵入されても撃退できるように計画する。これがロシア軍の伝統的手法である。
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全周/複数方向防御
 隣接する編制と戦線を接続できないほど薄くなってしまうか、或いは敵の突破を許してしまった時などに備え、側背をより強固にしていった結果事実上円形に繋がり「独立した防御陣地」を形成する状況も存在する。代替陣地が準備されていればそれは迅速に行われるだろう。狭い範囲に拠点化するので当然縦深性は低下する。第1防御線のある箇所が突破されると即隣接箇所の側背が露出するので、第1線で敵を撃退する必要性は通常の直線型戦線よりも大きい。そもそも大隊単位では領域がそこまで広くない。故に奥に拘置された部隊は、第2線を構築することもあるが、むしろ予備として考えらえて第1線の危機的箇所へ投入されるのを基本とする。複層化は第1線担当部隊が用意した後方線を使用する浅いものとなり、断固として戦線の破断を防止する。

 1943年3月11日の第113歩兵師団が有していた第1288歩兵連隊所属の第2大隊でそれが実行された。この戦例はソ連で1970年代に発行された大隊戦術戦闘例書籍にも採用されている。そこから抜粋し以下に簡易説明する。
 (第2大隊は東側にある川を背にする位置で村と街道を守っていた。)右隣の大隊とは1.5㎞、左隣の大隊とは2㎞で、彼らの大隊の戦力でこの地形を埋めるのは物理的に不可能だった。そこで村と道路を起点にして大隊は有する3個中隊を街道、その右側面、左側面に配置し川を背にする半円形を構成した。
1943_Defense of 1288 regiment_2nd battalion 3月12日夜明けにドイツ軍装甲部隊がソ連軍第2大隊の北にいる第1大隊周辺を襲撃、11時ごろに第1大隊が後退を強いられたことで第2大隊の北側には完全にスペースが解放された。ドイツ軍装甲部隊はそこから回頭、11:40に第2大隊へと接近した。これにより第2大隊の防御陣地は側面攻撃を受けた。だがその側面は曝け出されてはおらず、「各中隊は事前に準備しておいた防御陣地の正面から」それを受け止め激しい戦いとなった。北面担当の第4中隊は陣地前面においてドイツ軍装甲部隊の攻撃を跳ね返した。
 しばらくしてドイツ軍は攻撃の第2波を投じた。今度の攻撃は陣前で撃退できず、塹壕に肉薄されたため第2大隊の右側面は危機的な状態となった。ここで上位司令部より送られてきた7輌の戦車が間に合った。大隊指揮官は即座にこの戦車グループを脅威箇所での逆襲に送り込む。大隊指揮官はここで砲兵隊および迫撃砲部隊へ指令を飛ばし、第4中隊に攻撃してきている敵へ火力投射を増加させた。そして歩兵による持続的で頑強な抵抗、砲兵隊による削減、戦車と歩兵の打撃という一連の連携により、この第2波をついに撃退することに成功した。
 夕刻に発起されたドイツ軍の第3波は北側からと北西側からの2方向同時攻撃だった。北側からの攻撃はかなり深く東の川沿いまで大胆にドイツ軍は踏み込んで戦術的アドバンテージを創り出している。北及び東面は引き続き第4中隊、北西面を担当したのは第5中隊である。大隊指揮官は特に脅威となっていた敵の重戦車に対し有効になる砲兵隊の攻撃を割り当てた。第5中隊が跳ね返すことに成功している頃、第4中隊は連続した戦闘で損耗が著しく大きくなってきていた。彼らには有効な対戦車兵器が不足しており防御陣地を突き破られつつあった。しかもここにきて迫撃砲も弾薬が底を尽きてしまう。
 大隊指揮官は状況を見渡し、北及び東の第4中隊範囲の脅威を最優先で逆襲するべきだと決断する。大隊の手元に有効な予備戦力はもう無かったが、この指揮官は強引にそれをひねり出した。彼は砲弾が無くなった迫撃砲中隊の人員にライフルを持たせると、急造の新たな歩兵予備集団にしたのである。この即興予備グループは急いで北へ投入されると、後列防御線へ後退する第4中隊を掩護し、敵が郊外へ侵入し防衛線を破綻させるのを防ぐ役割を担った。大隊指揮官は後退した第4中隊の残存をすぐに集結させ次なる予備戦力へと変化させた。
 北西からの脅威に対しては、西面を担当の第6中隊から45㎜対戦車砲を抽出し第5中隊の街道防衛へ行かせる。18:00、北東で大隊指揮官が投入した予備戦力は建屋を堅め、敵の攻撃を食い止めていた。迫撃砲中隊員は迫撃砲の護りにたった1名だけ残し、残る全員が最前線に出て防衛線を構築した。ドイツ軍の装甲部隊も再編成し攻撃を再開したが、突破できないまま夜になる。北西でも闇の中で戦闘が続く。21:00、ドイツ軍はまだここから侵入を試みて激しい衝突が起きた。203㎜砲を壊そうとするドイツ軍の攻撃はできなかったものの、大隊指揮官はこの状況を見て203mm砲を東エリアに移動させそこから発射せることにした。22:00、大隊指揮官はリスクを冒した決断をした。南西面の第6中隊エリアに対し敵が活動的でなかったことを鑑みて、1個歩兵小隊残して中隊の他戦力を北へ回すよう指示したのだ。第6中隊指揮官はその残る小隊には警戒を怠らぬよう命じた上で、北にいる敵に対する逆襲へと中隊を投じる。ソ連軍の反撃は続き、24:00までに北西及び北面の敵を撃退しきった。ここでようやく連隊本部より新たな命令が届き、第2大隊は後退を許可され13日05:00までに移動し新たな防御位置へとついたのである。この戦例は複数方向防御での予備および抽出に関する大隊指揮官の卓越した戦術的判断の例として士官用教材で取り上げられている。

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 以上の防御コンセプトに奇異な点はない。もっと戦線形志向であったり逆に流動志向であったり、編制や運用の細部は異なるものの、基幹コンセプトとしては他と大きく変わりはしない。
(※ ただしロシア軍は代々その陣形に関し幾何学性を重んじる傾向が強い。位置関係と距離に関しかなり厳密に書かれていることはその端緒であり、この幾何学性重視の軍事的風土は利点もあれば欠点もあるのだが、本稿はそれをテーマとはしない。)

 だがその火力発揮率がもっとできるのではないか、来る将来において高性能兵器と多量の機械化戦力を持ち得る敵に対して今の防御は充分なのか、ソ連内部で懸念する声が上がって来ていた。
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以下はMilitary Review1990年12月号に掲載されたJames F. Gebhardt米陸軍少佐の論説の紹介となる。
要約にしようと試みたが、元がソ連の論考要約と米軍将校の僅かなコメントであったため殆ど全文を訳す形になっている。

従来の大隊防御方式(2梯隊型特定正面防御)の問題点

 20世紀末、ソ連軍内で提唱された戦術レベルの防御隊形は抜本的な改革をしようという試みだった。この議論は米軍が確認している限りでは1987年中旬からの2年半ほど行われた。(※1990年の記事なのでその後も一部で再開した可能性はあり追加調査中。幾つかの図が追加されたのを確認している。)

 現代の精密誘導兵器の発展と、それらに対する第2梯隊及び予備の陣地の脆弱性、そして戦場における装甲防御システムの劇的な上昇が、この議論を引き起こした最大の要因である。
 ソ連軍でスタンダードとなっている2梯団式で火器と築城を織り合わせた大隊防御(3~5km範囲)の方を、討論の片側勢力は支持した。もう一方の論者たちは、これまでの戦術的防御が有する複雑で不動の工兵築城を重視せず、移動力と火力集中を重視した。

 1987年中旬に新型案を提議した最初の著者は次のことに注目していた。
・ソ連軍における既存の戦術的防御の基礎的性質とは、兵士及び兵器の有する脆弱性を最小化し且つ移動性を部隊及び火力投射に創出しながら、最大火力を達することができるように、指揮官はその大隊を地形に合わせ展開するべきだという目的である。

 新案提唱者たちが既存の防御手法に対し疑問を抱いていた点は、その梯団化(複層化)した防御陣形は最新の長距離兵器の前では前列梯団だろうが後列梯団及び予備だろうが同じくらい損失をださせられてしまう、ということである。
 加えて敵(米国中心のNATO諸国)の編制はどんどん装甲を高性能化しているので、敵を防御陣地の前で打ち倒すには直射兵器を最大限活用する必要がある、と彼らは訴えた。
 更に彼らが主張したのは「将来敵の精密誘導(又は戦術核)兵器は、線形的防御に間隙を創り出し、ソ連軍の各部隊は独立的に戦闘することを強いられるであろう。従って、防御を実施するソ連軍部隊は単に正面や側面ではなく全方位で戦闘するように構成されなければならない」ということだ。

以上の背景により、次のことを新型フォーメーションは満たすものであるべきだ。

・最大数の戦車と歩兵戦闘車を戦闘に参加させること(遊兵を最小化させる陣形)
・脅威に晒され得る全方位に対し、必要火力密度を達すること
側面と背面にも正面と同程度の火力密度を達すること
・陣地内に突入して来た敵を撃破する備えを持つこと
・敵の精密誘導兵器や戦術核兵器に対してこれまでより改善された体勢を保証できること

 これらを既存の2梯団式防御は満たせない、と新案支持派は主張した。なぜなら既存の防御は、敵機甲の接近経路に火力を集中するよう設計されているからだ。つまり、大隊内の各強化拠点の間にはギャップが火力の充分なカバー無しに残されてしまっているのだ。これでは、大隊の防御陣地は途絶えることない防衛線を常に確保しておくことができない。更に、大隊陣地の前面にいる敵を撃破するために火力投射をすることができない多量の戦車及び歩兵戦闘車が存在してしまっている。というのも第2梯団位置にそれらが配備されているからである。かといって単一線式の戦術的防御陣形では、側面に効果的な火力投射をできないし、その防御エリアが浅すぎて耐久できるだけの縦深がない。

提唱案_トレフォイル隊形、ハニカム陣形

 未来の戦闘が求める条件を満たすとして提唱されたのは、「大隊レベルでのハニカム(пчелиные соты、六角)陣形」と「中隊レベルでのトレフォイル(Trefoil、Трилистник、シャムロック、三つ葉)隊形」と呼ばれる形態である。
図1_大隊のハニカム構造陣形
< 大隊のハニカム構造陣形 >

図2_中隊のトレフォイル隊形
< 中隊の三つ葉隊形 > ※車両は均等間隔直線ではなくジグザグになるように配置されていることに注意。

 次のことを新型案提唱者達は主張した。
 従来の大隊防御戦列ではその保有戦車の内60%(3分の2弱)しかある1面に来た敵に対し射撃できないのと比べ、この新構造案は有する戦車の約90%が射撃可能である。その正面、両側面、後背から敵が同時に攻撃をしてきたのなら、我が方の全戦車は従来式に比べると約1.5倍の火力を投射できるだろう。
 もし敵がこのハニカム陣形の中に突入してきたら、トレフォイル隊形の中隊はその有する10輌の戦車の内9輌が、ただ砲塔を回転させるだけで、交戦可能になるのである。

 新案は別の利点もあると唱えられている。この新フォーメーション案ならば、わざわざ再編成をしなくとも戦術的逆襲を実施しやすくなっているというのだ。
 また、ある地点範囲に存在する戦闘車両の密度を低下できているので、(まとまったターゲットになりにくく)精密誘導兵器に対する脆弱性も低下できている
 更に、正面や側面における火力密度の減衰無しに、より広い戦線幅をこの新フォーメーション案はカバーできている。従来式よりも約1.5倍の幅である。

 訓練演習でこの新型の2つの成功した使用法を説明し、最初の議論での提唱は締めくくられた。1つは戦車中隊、もう1つは戦車大隊である。改めて記しておくが、この新型戦闘フォーメーションは「敵の高性能誘導兵器が脅威の下で」行われる攻防で戦車及び自動車化歩兵部隊が最高のパフォーマンスを発揮するためのものである。Vystrel課程における軍事教育者や生徒、民間大学内の軍事学部、そして本職の軍指揮官や幕僚を招き、その編集者たちは議論を行った。

【批判①】

 新型案に対する最初の公的な反論は、1988年6月にドイツ駐留ソ連軍に属するある戦車大隊指揮官からのものだった。その批判とは、新型案提唱者たちが大隊に「割り当てられる任務」「敵の取り得る行動」「地形状況」を考慮し忘れているというものだった。更に、ハニカム/トレフォイル隊形は、指揮官達に1つのパターンまたはテンプレートに慣らしてしまう傾向がある、と批判した。各強化拠点や連絡壕、兵器(特に対戦車、戦車、BMP)配置による相互支援を疎かにしてしまいやすくなる、という。(つまり状況に合わせた柔軟性が減衰し決まりきった幾何学形を設置するようになると、地形などの影響で実際の戦闘効率は低下するし、何よりも敵に読まれやすい。)これは間違いなく、彼の東ドイツの地形を身をもって味わっている体験に基づいた意見だった。その将校の意見とは、複雑な地形ではこのハニカム/トレフォイル隊形は機能しない、ということだ。

 だが彼の主要な批判は他にあった。その中隊/大隊の各陣地は、放射状に伸びているポジション(小隊で構成する3つ葉のうちの1本のポジション)の1つか2つが破壊/無力化されたら、その時点であまりにも脆弱になってしまう。3つ葉の内の1つが突破されたり側面を敵に取られたりしたら、全体が急激に弱るという指摘である。
 同様に、敵は注意深く偵察をしてその放射状に広がる3つ葉配置の『末端』を発見するであろう。従って、少しずつ各個撃破される脆弱性がこの配置にはあるのだ。
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【批判②と改善案_クロス型フォーメーション】

 2つ目の批判はヴォルガ軍管区のある将校から提示された。
 彼はまずこの新たな戦術的フォーメーションが「改良を続ける『敵』の火器に対処しようという1つの試み」であるという意味では、賞賛を送った。(兵器性能や環境が変わっているのに既存の手法をいつまでも無批判で信奉する、ということは間違いであり、改革を試みるという行動自体は正しい、という意味。)けれども、彼はとある致命的欠陥を指摘した。
 もし敵が各中隊トレフォイルの間にあるスペースへと突入してきたら、2段目にいる中隊が前線1段目を構築する防御部隊から切り離されてしまう危険性があり、そして敵は回頭して前線1段目の各中隊の後背を攻撃することが可能となってしまう。

 そこでこの将校が提案したのが、クロス(十字)型フォーメーションである。
クロス型フォーメーション
 このフォーメーションにしてもまだ90%の火器運用率を発揮でき、そして側面と後背に対しトレフォイル隊形よりも優れた防御ができる。
 他にもこの修正案は、いかなる区域に敵がこようとも火力が集中されるように設計されていることが挙げられる。

 従来の戦闘フォーメーションはこの配列から容易に想像できる。戦車隊を投入し、煙幕のスクリーンを行えばマニューバ及び偵察が可能だ。トレフォイル/ハニカム陣形と同様に、その火力投射効率を損なうことなく、部隊を戦闘の前線へと散らばらせることができもする。

 左図がそれにあたる。既存のソ連軍の戦車(又は自動車化歩兵)中隊の車両配備数だと、どこかの枝が車両が多くなり非対称形になるだろう。
 
 ただ問題が全て解決したとはクロス型フォーメーションでも言えなかった。
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【批判③と改善案】

 5か月後の1988年11月、3つ目の批評が公示された。
 この際に新たな、そして重大な分析事項が焦点となった。それはソ連陸軍における防御戦力が有する移動性(mobility)である。そして敵のエアボーン襲撃である。
Trefoil+maneuver & fire groups これまで上げられた利点を踏まえたでその著者が提案した改善案は予備火力グループを追加で置くことだ。予備火力グループは1~2輌の戦車、BMPまたはその他火器システムで構成され、大隊指揮官の直接コントロール下に置かれる。これらの予備火力グループは工兵が事前準備した陣地を(最初は後方で待機し、戦闘開始後は前方に準備してある陣地に移動し)占めて戦闘する。勿論この際に脅威を受けている軸方向へマニューバを行える。

 また、この改善案提案者が留意を促したのが、ハニカム/トレフォイル隊形を地形に順応させる重要性である。幾何学的に配置された各車両のテンプレートは敵に容易に識別されてしまうので、それを防止することを企図する。また塹壕の延長や陣地拠点などにおいて、偽のターゲット(欺瞞)を設けることを強調した。
 諸中隊トレフォイル隊形の内部において相互支援を構築するために、各車両(戦車等)は彼らの有するマシンガンの射程内に位置取りすべきであり、そして諸中隊はそれらの主砲で相互に支援をすることができるようにすべきだ。

 この改善案提唱者は結論として、現代の射程が増大した戦車主砲と対戦車ミサイルによって、大隊レベルのみならず中隊レベルでも火網が構築できるようになり、そしてそれ故にハニカム/トレフォイル隊形は実用的になった、とした。

【オリジナル提唱者の返答】

 これらの一連の批評に対するオリジナルの提案者たちの回答は1989年8月に為された。(by T.Timerbulatov)
 如何なる新案になろうと教範に入れ込む前にまず訓練(特に演習内の包括的テスト)で実証されなければならないと留意した。彼は各記事で述べられた批判に反論するのではなく、自身のハニカム/トレフォイル防御フォーメーションについて1つの演習シナリオを用いてより詳しく説明することを選んだ。

演習想定
 ・ソ連軍の戦力は1個戦車大隊(1個自動車化歩兵中隊を増強)
 ・仮想敵の戦力は1個旅団規模
 ・ソ連軍は地点タイプの目標を防御する
 ・敵の空中強襲があらゆる方向からも為される可能性がある
 ・ソ連軍大隊には通常の広域の野戦築城を構築するだけの充分な時間がない
 ・ソ連軍大隊指揮官はハニカム/トレフォイル隊形を図の様に採用した

 ある森の中にある目標上に大隊指揮所を置き、1個自動車化歩兵小隊ずつ各戦車中隊に随伴させ、各戦車中隊を目標への各接近経路をカバーできるように配置した。さらに1個戦車小隊、1個自動車化歩兵スカッド、機関銃スカッドによる小規模な予備を作り指揮所そば(大隊陣形の中央)に置いた。この移動予備部隊は、敵攻撃を受けた後に最も脅威を受けていると判明した方向へ移動する。各中隊の正面には、その全ての火器の有効射程範囲内に、対戦車地雷を敷いた。各中隊の諸接合部には、連隊指揮官より配給されていた各種の地雷及び爆発物を仕掛けた。また、戦闘ヘリ4機も敵の地上マニューバ戦力に対抗するために配属されている。
ハニカム、トレフォイル隊形の演習
演習の流れ
 そのソ連軍大隊は日中の間に陣地構築をしていき夜になっても続け、夜明けにまでに全体がカモフラージュされ、動きを収めた。
 朝の静寂が防御部隊への敵の空爆によって破られる。その攻撃箇所が敵の着陸地点の近くである。固定翼機及び回転翼機の航空支援でカバーされながら、敵の3個大隊規模の空中強襲が実施され、そして同時に3方向から我が方へ攻撃を仕掛けて来た。地点は上図のポイント1、2、3である。(図の右上、右、右下からの攻撃)
 だがこの3方向の各攻撃はいずれも防御に遭遇した。よく組織化された戦車、BMP、小火器の防御にである。攻撃側は障害物に到達することすらできずに、頓挫し順次撤退を強いられた。その最初の攻撃ではソ連軍防御の弱点部を発見することができなかったので、敵はヘリコプターを使いこの防御陣地の『後背』と思われる場所へと移動した。ポイント4~6である。(図の左上、左、左下からの攻撃=初回の真逆方向。初回攻撃が激しい防御に直面したことからそこが正面、その逆側が背面と思考している。)だがこちら側からの攻撃も同様に激しい抵抗に遭遇しただけであった。この2回目の攻撃の間に、ソ連軍の駆け付けてきた戦闘ヘリの対地攻撃により敵攻撃側指揮所は無力化された。
 航空支援を受けながら、敵はその攻撃の重きを置く場所を何度もシフトさせた。2時間の激しい戦闘の後、防御側は損失を出してはいたものの地点を今なお保持し続けていた。彼らの火器システムと指揮統制は損なわれることなく保たれていたのである。敵を頓挫させる最後の打撃として、連隊から対空予備戦力が投入され(主戦闘段階は終了し)た。

 Timerbulatovは、この演習で大隊とその指揮官が演習監督官から受けた高い評価に言及し、記事を次のように述べ締めくくった。「このことは、創造的思考と戦術的能力を備えた指揮官のみが訓練で勝利を得ることができるのだと改めて確認させてくれる、実戦と全く同じように。」
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 論考には何が含まれているかと同じくらい何が省かれたかが重要だ。Timerbulatov達の最初の提唱(1987年7月)ではハニカム/トレフォイルの新隊形案は、敵の高精度誘導兵器および戦術核などの大規模破壊兵器を背景に持った上でより効果的な防御として提案されていたし、その際に敵の脅威としては特に機甲部隊を想定していた。だが、1989年8月の寄稿ではそれらの大規模破壊兵器や精密誘導兵器への言及は無く、敵部隊の種類は空中強襲を主とするものであった。一応演習最終局面では連隊の予備が投入されはしたが、演習の戦闘の大部分ではこの大隊は上位階梯編制との統合的なアクションに関しては殆ど触れられていなかった。ロジスティクス支援部隊について、構成も場所も基本方針も何も言及が無かった。大隊に支援をもたらすであろう(連隊またはそれ以上の編制の)砲兵隊の場所と任務も書かれていない。図6で少し見える火力集中での砲兵展開のみが唯一の箇所である。

 1989年8月論考ではモバイルの予備を運用することが描かれており、この場合は増強を受けた戦車小隊だった。ある程度の野戦築城を準備期間に行っており、それは従来の大隊防御域で見られるほどの量と質の工事にならないとされていた。地雷や爆発物の障害物地帯に敵が到達する前段階ですら、統合された効果的な火網が造られていたことが論考では強調されていた。

更なる代案_セクター型防御

 1989年11月にこの議論は新たな展開を迎えた。Military Heraldの記事でまた別の大隊防御フォーメーションが提案されたのである。その提案者もまた、将来の戦争において必然的に伴われる精密誘導兵器、戦術的空挺強襲、空中機動部隊の投入を想定にいれ、仮想敵が使うエアランド・バトルへの対抗を念頭に置いていた。ここにはイラン―イラク戦争の様な外国の分析の引用もされていた。これらの分析に基づいて、伝統的な2層型防御フォーメーションはもはや不適切になったと、彼も主張したのである。ただし彼はハニカム/トレフォイル隊形ではなく別のフォーメーションを提案した。

 彼が提案したのは『セクター型防御(sector defense)』と呼ばれるものだ。そのコンセプト基幹は(個々には全周防御を敷かせた上で同質的に)複層型の梯隊を部隊及び火器に構築させるというものだ。戦車中隊を付与された1個自動車化歩兵大隊、自走砲中隊、対戦車小隊、対空小隊、工兵小隊が幅4~5km、深さ2.5~3kmの範囲に展開する。3個の増強された自動車化歩兵中隊が(横に)並ぶように配置される。その各中隊内の3個の歩兵小隊は(縦に)3段階層に強化拠点を配置する。
 先頭の小隊の後ろに次の小隊が相互火力支援をできるように配置され、離隔距離は500~700mを越えないようにする。各小隊の間にあるスペースが火力集中地帯となるので、敵中隊1~1.5個分に充分な広さにしておき、あらゆる火器でカバーされるようにする。即ち、それぞれの火力集中地帯は4つの小隊強化拠点からの火力投射を受けるように設計される。
Sector Defense by a mortorized rifle battalion
< セクター型防御 > ※1つの中隊内の各小隊は縦並びになっていることに留意。

 その提唱者が述べているこのフォーメーションのもう1つの特徴は、各小隊強化拠点間スペースにおいて戦力のマニューバを行わせる中隊指揮官の能力である。ここでの「指揮官のマニューバ能力」とは、単に自軍兵士と火器を動かし敵に最適の火力投射をすることのみならず、敵を我が方の望む地帯(火力集中エリアまたは地雷原)へと動かすことも含んでいる
 ただし提案者が例示した上図では、非常に多数の地雷原と障害物が置かれているので、自軍側の戦力が本当に容易に移動できるのか疑問に思えはする。提案者はこの困難性に言及はしていないが、野戦築城作業の量と地雷消費の量がこの防御を実現する際の難点だと留意している。彼の結論では、この防御のための陣地構築作業量は、(従来の防御での)通常の作業量と比べて1.5~2倍になり、地雷消費量は3~4倍になる。各小隊の前面に1つずつ、加えて拠点間の各スペースに2~3つずつ地雷原を作らねばならないからだ。
(※1987年教材『戦術』の大隊防御に示されている地雷と比べると大幅に増えているのがわかりやすい。後方梯隊の位置に従来は地雷原があまりなかった。)
 彼はこの問題の解決策として、要求される陣地構築作業がより短い時間で可能となるように、編制を修正することを提案している。

【反論】

 この多層拠点型フォーメーションへの反論は軍学校のある指導員から提示された。
 彼は、信頼できる大隊防御とは2つの要求を満たさねばならないと述べた。即ち大隊防御とは①有する各中隊及び小隊がその持ち得る全て戦闘能力を最適に発揮できるものであるべきである。そして②戦闘中に最も脅威を受けている方向に対し、己が火力または戦力の適時のマニューバを促進するものであるべきだ。
 ①の要求(有する戦闘能力/火力の最適最大限発揮)にとって、セクター型防御は物足りないものだとその指導員には感じられた。例えばシンプルに敵が正面攻撃を仕掛けた場合、セクター型大隊防御において戦闘力を直接的に発揮できるのはたった3個小隊(しかも別々の中隊属)だ。そしてその3個小隊間にはかなり大きいギャップがある。これでは従来の2梯隊防御より大きく減衰してしまっている。また大隊指揮官が最も脅威を受けている箇所にマニューバを行うといっているが、そもそもセクター型防御では予備が足りない。そういった予備戦力をこの縦区分された大隊防御で行おうとすると、1つの脅威に対して投入される予備とは、2~3の異なる中隊からそれぞれ派遣されてくるものとなってしまい、指揮統制(連携)面で問題がある。こういった現実の前に提唱者の言うマニューバは困難だ、と指摘されている。

 彼の問題点指摘は更に火網の観点に移った。セクター型防御は地形活用と射撃計画の両面において最適とは言えないことが挙げられている。より良い火網の運用とは、大隊防御の正面または内部にその火網を配置し、大隊の火力の全て(又は大半)をその中で敵を撃滅するために集中できるように置くものだ。セクター型防御は、敵を事前に準備しておいた(単一または少数の)火力集中地帯へと集め誘導する(fuunel)ものではなく、むしろ敵突入が「どこへ来ても」防御の火網があるように創るものだ。だからこそすぐ隣の各小隊強化拠点に沿って、戦車やBMPといった機甲を突入して来た敵に対し打撃に投入できるのだ。
 (つまり「どこへ来ても」火網が既にあるようにしようとしたせいで、各々の火網と正面防御の規模が小さくなってしまっているし、予備も集中して保持しておけなくなっている。従来の防御では敵の突入は「どこへ来ても良い」ではなく、ある箇所へ来るようにと指揮官が己が能力の責任と自負の下でリスクと手間をかけて計画する。それゆえ内部に入られた時の火力集中は巨大になるし、大隊正面全域での防御も隙が小さく、3拠点は強固にできている。セクター型防御はテンプレート計画に従えば殆ど思考する必要も無いし全方面全箇所にある程度の対応力はあるが、根本的に個々が減衰と分散されてしまっており、それを集積した大隊全体が脆弱になっている。)

 また彼の批判は、敵の主体部隊の攻撃と連動して側面攻撃が行われる場合に、そのセクター型防御の打撃システムは機能できないことも指摘している。
 けれども彼はセクター型防御は全周防御を行う際には適切であることを認めている。ただし、隣接する各中隊が受け持つセクターについて、その担当責任所掌を明確に示しておくことの重要性を述べている。

 続いて彼は従来の2梯隊型防御の優越性を述べるため、独ソ戦における戦例を振り返り、敵は激しい準備砲撃が為されて4~6倍の戦闘能力の優越を達していないとその防御を突破できなかったと主張している。その論考の最後に作戦レベル及びそれ以上へとこの戦術的防御フォーメーションの分析を拡張し、次の言葉で締めくくった。
 「これまで述べて来たことをまとめると、現在の防御はあらゆる意味で深く階梯化(エシュロン化)されていることを特筆することになる。だがこれ自体が示すのは、その著者が見せようと試みた小規模編制ではそう多くはなく、むしろ中規模編制あるいはそれ以上の大規模編制だ。あらゆる編制レベルで第2梯団が置かれているのだから。」
 従って1989年11月の論説はセクター型防御への反論から始まり、従来の2梯隊型防御を高らかに再確認するに終わったのである。そしてそれは大隊および戦術レベルに留まらず、より大規模な防御においても広げられた。

従来の防御方式への回帰

  ソ連のミリタリー・ヘラルドの編集者たちは同1989年11月に別の記事を出版した。そこではスタンダードの陣地構築、2梯隊方式の防御が好まれていたのである。そこで描かれていた1個大隊の防御は下図のものである。上級階梯の連隊の一部として1個戦車中隊の支援を受ける1個自動車化歩兵大隊の防御だ。
1989_従来の2梯隊型大隊防御
< 大隊全体では2梯団型(前方の2個中隊は2梯隊型、後列中隊は単線形の中央凹型)で中央にダミー陣地を設置し、侵入してきた敵を粉砕する。 >

 その論考では多くの戦術的原則を検討しているが、その主な関心はこの防御の準備という工兵的観点であった。著者は従来の防御を増強するために、いくつかの陣地構築作業の量に関するデータを提示した。
 それによると、大隊防御エリアは次の陣地構築要素を有しているとされる。
・戦闘及び連絡用のトレンチを約20㎞
・機甲(戦車、歩兵戦闘車、装甲兵員輸送車、等)のための主戦闘ポジション及び代替ポジション構築を約100か所
・掩蔽されたシェルターと待避壕を約50か所
・兵員シェルターを6~7か所
・機材、弾薬、燃料用のシェルターを最大で20か所
・建設用に移動させる土は、総量で25000m3に及ぶ
・必要材木は400m3
 これらの塹壕システムの内部に(マシンガン、グレネードランチャー、対戦車ミサイル、対空砲などの)射撃用ポジションが構築される。また、露出または隠掩蔽などがされた観測ポジション及び指揮ポジションも建設される。

 これらの全ての重要な工事タスクを計画し施工するために、大隊レベルの指揮官は工兵的教練を更に追加で必要とされると著者は述べている。彼らの必須の技術的計算と決定を補助するために、(建設)専門家たちからは計算尺やノモグラムを使用するよう提案されている。
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 現在の、そして将来の戦場を考えながら戦術レベルの防御システムに関し1987年から盛んな議論がかわされてきた。一方の主張側は現在の野戦教範の防御フォーメーションを好ましいと考えた。即ち縦3㎞ x 横5km、2梯隊型、重厚な陣地構築志向、前方に向きをおき(ある1特定方向に全体の防御志向性が傾いた)、増強を受けた自動車化歩兵または戦車大隊が、より上級階梯の編制の一部として防御を担い、隣接する各部隊と接続するフォーメーションである。その強みとは陣地構築による強固化、射撃計画、複層化にあると主張されている。
 別の主張をする者達は、より移動性があり柔軟でそして陣地構築作業量が少なく、如何なる方角から敵が来ようともそれに合わせ己が火力をマニューバさせることができるシステムを信奉した。2種類の新たなフォーメーション、ハニカム/トレフォイル陣形とセクター型防御が提案された。そこでは散開性、準備にかかる時間の相対的な早さ、独立的に運用された際の適応性、そしてどの方角から敵が来ても打ち倒せるようにより多くの火力を投射できる能力が強調された。

 まだ続くこの議論の結果はもしかすると両者の主張を混ぜ合わせたものになるかもしれない。多くのことはソ連が何を高い可能性のある脅威と捉えるかの見解にかかっている。ソ連の分析官たちは米軍の構造的変化を見つめており、それに従ってその戦術的戦力構成と戦闘フォーメーションを修正する必要性があるだろう。

 だが目下の所、両軍は『成り行きを見守る』という態度を維持しており、ソ連は従来の2梯隊、重陣地構築防御を保つ可能性が高い

 戦術レベルにおける陣地構築訓練と増強は今なお重視されており、更に重要性を増してすらいるかもしれない。若い将校が工兵的スキルを持つ重要性も増大していく。工兵将校は恐らく大隊司令部の幕僚の中に1人はいることになるだろう。連隊及び大隊において作業機の密度は上がり、より多くの工兵が陣地構築作業を支援するために必要とされる可能性がある。より多くの生存性を陣地構築で創ろうとすると時間を代償にする必要がある。そういった重戦力の集結、移動、展開を隠すのは困難であるし、一度そういった防御を敷いたら相対的に移動がし辛くなる。
 もし米陸軍が欧州から多くの重機甲及び機械化部隊を撤退させ、彼らを支援するために用意されていた精密誘導兵器や戦術核兵器も一緒に減らし、代わりにワールドワイドと言えるほどの高い展開能力を持つ空挺/空中機動部隊および軽装歩兵部隊により重きを置くようになれば、ソ連はより移動性が高く陣地構築の観点で手間がかからない戦術的防御へとシフトするだろう。適用されるべき新たなフォーメーションの1つはより工兵支援を少なくできるものとなるだろう。それは軍部の構造と密接な関りを持つ。だが、若い将校はそれほど多くの工兵的(構築作業)事柄のトレーニングを少なくできたとしても、火力とマニューバの立案に関しより多くを求められるようになるだろう。そしてあらゆる人的リーダーシップ能力および独立的な思考と行動を戦場で促進する姿勢もまた必要となる。

 今回の議論の短期的な暫定としての結果は、「fire and maneuver」により重点を置き、膨大な陣地構築作業を減らすものであり、従来の防御に代わる案の出現であった。ハニカム/トレフォイル隊形の提唱で述べられていたように、スピード、移動性、全周防御が求められる特定の状況には何らかの新たなフォーメーションが推奨されるようになる可能性が高い。だが今回議論されたようにそこには多くの問題事(砲兵支援および航空支援、ロジスティクス支援など)があり、言及されたもの以外にもまだ存在する。これらの疑問は今後の数年で確実に議論されるだろう。同様に重要なのは、この戦術レベルを対象に行われた議論は、今後行われるであろう作戦レベルの防御フォーメーションに関する論争の前触れなのかもしれない。もしかしたらその議論は2つの古典的防御形態すなわちポジショナル防御とモバイル防御へと移っていくかもしれない。

 






Military Review紹介 終
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補足

 ロシアで使用されるトレフォイル(Трилистник)隊形といえば、分隊~小隊レベルで編成される小規模グループでの3つ葉隊形の方が知られている。
トレフォイル隊形_偵察部隊の掃討索敵時トレフォイル隊形_偵察部隊が前進時に使用

 これは特に偵察部隊が前進する際に使用される。例えば一度接触した敵がその場から後退したと分かっている時、その奥地へと「掃く」ように偵察隊は索敵を行う。この時に様々な角度への対応力の高さを評価され採用される隊形の1つがトレフォイルだ。わざと棒の先端を前に出して前進する場合もあれば、V型(鶴翼)のように横に広がり後方真ん中に後続が縦並びする場合もある。3人組を基本に分けたり、増員や後続員を増やしたりしするので12~14人ほどで行われやすい。
トレフォイル隊形_偵察部隊の前進方向_12〜14人
 ロシアの特殊部隊でも使用され、例えば『Краткая история спецназа России』や2020年の『Секретные инструкции спецназа ГРУ』などに載っている。
 ※ 勿論トレフォイルを使わずに円型隊形(前方部隊が半円を作るように広がり、数人が後続)で索敵・掃討を行うなど他の隊形を使うこともある。
円形_偵察部隊の掃討索敵

 この最小規模で用いられる隊形が、今回の自動車化/戦車中隊防御の新案にどのようなインスピレーションを与えたかは定かではない。ただし偵察グループというのは敵がどこにいるかわからず、全方向へ即時対応する必要に迫られるため、その性質は参考とされたかもしれない。前進時のトレフォイルはV型(鶴翼)と後続部隊中央配置というそれほど不思議でもない形態だ。今回のトレフォイル中隊防御はその配置のままで射撃を行い、それで全体の90%がどこから来ても戦闘に直接参加すると述べられており、既存のものとは違っている。
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 トレフォイルという語が軍事的に使われるのは、単純に前方に2部隊で後方に繋がるように一部隊という配置を指す場合がある。むしろそちらの方が多いと思われる。
 ロシア及び旧共産圏での軍事教材内で、外国軍つまり米軍の戦闘の紹介をする際に小隊規模で小さな塹壕2個ペアと後方のポジションという30mほどの範囲での配置を言い表すのに、このトレフォイルと言う単語が使われている。例えばロシアの軍事教育部を持つ大学で使用されている教材『一般戦術』2017年版のp.38は最もわかりやすい。この教材は幾つかの旧ソ連諸国が中身を殆どコピーして使用しており、例えばカザフスタン軍『一般戦術』2016年版p.55は全く同じトレフォイルの使用がされている。(外国の自動車化歩兵小隊及び分隊の戦闘の章)
 ロシア軍士官用に出版された外国軍を紹介する書籍『Организация, вооружение и основы боевого применения частей и подразделений армий иностранных государств』2020年版でも同様にトレフォイルを外国軍が使うと述べられている。

 これは今回議論された中隊のトレフォイル隊形とは異なる扱いをされる。

所感

 この新型案について気になることはある。山ほどあるのだが、ここでは多くは記さないこととする。作戦/戦術的結果は複数要素が複合的に影響を与え合い作られるのだから、メジャーな脆弱点を修正した後、演習(と可能ならば実戦)で試してどうなるか見るのが望ましい。その点はオリジナル提唱者が述べている通りだ。勿論細部に至る指摘は、幾つかの戦術的状況ではその要素が重要性を増す時があり、有意義であるのでこの研究をより進めるなら一度網羅的にするべきではあるのだが。

 従来の2梯隊式防御はWW2において修正を得て基幹部が完成した膨大な実戦データに基づく信頼性の高いものだ。だがこの素晴らしい方策ですら全く細部で(相対的に)脆弱点が無いと言えるものではない。そしてそれは新たな技術、戦術、作戦、そして何より敵側の事情によって何らかの修正を迫られる。本議論に関し最も賞賛を送りたいのは、これほどの偉大な実績を持つ方式ですら、盲信することなく変化を検討していることだ。ヴォルガ軍管区の将校の言う通り、議論の結果がどうあれその状況変化に基づき既存手法を再検証する姿勢は正しいと断言できる。

 ただトレフォイル隊形は非常に挑戦的な新型案だ。新兵器または性能改良に伴い漸進的に既存隊形に修正・追加するものとは違い大改革を必要とする。仮にトレフォイルが合理的だったとしても訓練や備品調達・将校の再教育といった既にできあがって進んでいる流れを途中で変革しなければならず、それはもしかすると最大の障害かもしれない。実績ある今の2梯団式防御ですら、コンセプトの外郭は確かに戦前からできていたが、大戦の実践の中で幾つかの修正されて完成した。もしそれが紙の上で効果的であるという結論に到ったとしても、トレフォイルほどの大変化を実戦の実績無しに一挙に適用するのは正直難しいと感じる。
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【戦術的懸念点】

 メジャーな疑問点は既に各論考で述べられているが少しだけ書くことにする。
 ◆各バリエーションのどれについても尋ねたい質問は、敵の火力を最大効率化させた広い横隊型の『正面攻撃』に対して、その防御案はどれほど効率的に戦力を振り向けられるか、というものだ。現代戦の特質である移動力と装甲は、その突進力から続く多角的な攻撃にスポットライトを当てるようになっている。けれども、確かに側背面への攻撃または迂回は重大な対策を練らねばぬ事項であるが、その対策に躍起になるあまり戦力が分散し過ぎてしまい敵がシンプルに最短で攻撃に出て来た場合の防御が過度に減衰してはならない。

 ◆トレフォイル隊形について懸念を抱くのが、やはり1個小隊で構成される腕(枝葉)の端部の扱いだ。この大胆な突出部形成がトレフォイル隊形の戦術的アドバンテージの基盤になっているが、同時に一目でわかる、そして敵にもわかりやすい脆弱部になっている。どうも提唱者は射角が確保できていることから全体の90%が火力投射をどの方角の面にもできると主張しているようだが、そこには射程の説明が欠落している。端部が攻撃を受けた時、他の枝葉のカバーは相対的遠方から行われることになる。更に実戦では地形・植生・構造物で多様な制限を受けるだろう。これらを踏まえ他小隊からの射撃が充分端部をカバーできるか確証が持てない。一応横並びに各トレフォイルを配置した時、突出部への敵攻撃は隣接する中隊トレフォイルからの射撃でカバーされることになっているが、こちら側も同様の疑問を抱く。特に大隊全体の正面方向では敵が複数一斉に攻撃を仕掛けてくる、一点だけでなく複数個所に同時に来た時、相互支援は機能するのだろうか。
 これは地雷原や障害物設置位置をどこにするかも影響する。上述の資料でオリジナル提案者は端部の先ではなく、むしろ各枝葉の中間に設置している。だが以下に添付する図のように、脆弱な端部を充填保護するように障害物を設置して、火力が十字的に集中されるエリアに敵が進みやすくしているケースもあり、これはロシア内でまだ定まっていないようだ。
1 2 3

 ◆トレフォイル隊形の大きな欠陥だと思うのは、戦闘能力の90%を一斉発揮できる配置が故に、著しく「余裕」がなくなっていることだ。それは特に複数同時攻撃の際に発露する問題だろう。どの方向にも迎撃をできるということは、どの方向からも敵攻撃が届く可能性があるということでもある。ある1つの枝葉に対し2方向から攻撃があった際に、自分たちに間近で強烈な攻撃を仕掛けてくる敵を無視して別の敵に集中する必要が発生する。その無視する方の敵へ攻撃を担当してくる友軍小隊は射撃距離が自分の小隊よりだいぶ遠い。小隊単位の戦闘レンジでそのような状況を作るのは、ほんの僅かな遅れで致命的になる。また、小隊の後ろに安全地帯が存在せず、事実上これは挟撃に近い状況にある。もし本格的な2方向攻撃でないとしても、その細く突出する陣地の小隊の兵士達は酷く心的に消耗するだろう。
 ここには統制の問題も重なる。各方向に攻撃できるので、逆にどこへ射撃をするべきか小隊あるいは分隊単位で重大な判断をしなければならない。中隊全体に関し極めて高速の決断が分隊~小隊ひいては個人レベルで必要になる。担当所掌区分が曖昧なのだ。簡単に言うと全く迎撃を受けずに敵が攻撃できてしまう瞬間、或いは敵が火力密度で圧倒的になれる瞬間が発生するリスクが高いということである。各小隊は中隊の全方位の情報を常に正確に集め、そして時に指示を受ける前ですら極めて素早く180度近い射撃角度の変更を、敵のプレッシャーの中で一瞬たりとも絶えることなく行わなければならない。

※追記するかもしれません。
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 トレフォイル隊形の議論で興味深かったのが、この方式を全周防御または多方面防御陣地が必要な限定的状況に対する代替ではなく、通常の戦線形成時を含むスタンダードな方式として提案しようとしていたことだ。個人的にはGebhardt少佐と同じくトレフォイルのような方式は(トレフォイルが最善だとは支持していないのだが)特定の状況下でなら有効になるだろうと感じている。
 けれどもソ連/ロシアの軍事理論家たちはトレフォイルのような全周対応型で且つ火力発揮効率の高い形態を汎用的に求めている。それは戦術的領域だけでなく、ロシア/ソ連ですら強大と感じる敵と対決するという背景が理由だ。その敵はソ連/ロシアを相手どってすら航空優勢を獲得でき、膨大な戦術核及び精密誘導兵器を投入でき、長距離レンジでロシアの迎撃網を押し通すことができ、充実した機甲戦力を有している。トレフォイルは低強度紛争に使えるかもしれないが、その大元は発展途上国あるいは軍備でロシアに遥かに劣る国を相手との衝突を想定して考えられたものではないのだ。ましてや過去の大戦でこうすれば良かったと言っているのでは全くない。
 先進的で強大な敵と大規模衝突した時戦争はどのような様態を見せるのか。ソ連の理論家たちの出したある予測は米国のものと酷似していた。それは極めて『流動的』で『断片化』された戦場だった。この戦場にどう対応するかを求める過程でトレフォイルは提案されたのだ。恐らくその戦場の様態こそがこの議論の最初に認識しておくべき、そして最も難しいものだろう。






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 以上です。ここまで長い文を読んで頂きありがとうございました。
 軽い気持ちで短く要約を書くだけのつもりが殆ど翻訳になってしまいました。無念です。
 この隊形をシミュレーションで試してくれたら嬉しいです。