戦史の探求

戦史の情報を整理し探求するサイトです。 古今東西の全てを対象とし、特に戦況図や作戦図に着目しながら戦略・作戦・戦術について思索します。

2020年8月までにロシア連邦軍は全ての軍管区でシリア式塁壁とタンク・カルーセルの演習を経験させた。厳しい予算と政治的制限の中、彼らはシリア内戦の戦訓を取り込み将来の戦争のために最先端の戦術を行える軍隊であろうと努力を続けている。米国の軍事研究者は市街戦の増大傾向が止まらないことを踏まえ、かつての野戦を主眼としたデザインの軍隊から変化し現実に直面する戦場に適応する必要性を訴えている。その中にある性質の1つが最前線で活動する工兵の再拡大である。それは戦術的対応の細小化の傾向及び、進化した技術の影響と組み合わさり、小規模編制における機甲+歩兵+工兵の一体化を現出した。本稿は工兵車両、特に大きな変化を戦場にもたらしつつあるブルドーザーを中心に据え、その一体化運用の具体的な事例とロシア軍がシリア戦訓として正式に取り入れたシリア式塁壁について紹介し、資料集覚書として作成した。

 戦闘区域以外や架橋や火炎放射といったものを別とし、ドーザー建機系の工兵がシリアの最前線で見せた活動は次のものがある。
 ①地面の掘削による陣地構築
 ②建屋そのものの破壊
 ③街路の障害物撤去(除去移動だけでなく埋立て含む)
 ④戦闘区域内での土塁の建設
 ⑤歩兵の盾
 ⑥囮
これらの内①陣地構築のみなら冷戦期でも当然のこととして扱われていた。それに加え00年代の米国の戦争は③撤去による通路開拓の重要性をこれまで以上に評価した。同時に内戦前のアサド政権やイスラエル軍が行っていた②大型ドーザーで建屋そのものを破壊する戦法も有効性を確認することになった。イランーイラク戦争で既に報告があった⑤歩兵の盾としての役割もイラクとシリアの内戦で再び見られた。歩兵が携行できるミサイル型兵器および張り巡らされたIEDは戦車や歩兵戦闘車への脅威を増大させ、戦術上工兵車両が彼らのために⑥囮に近くなる場面もあった。特色性のある戦法として、敵攻撃範囲内でブルドーザー等工兵が活動して「建設」を行い④即席土盛りを作り上げることが今着目されつつある。その一部がシリア式塁壁である。
 これら全てが工兵の最前線での攻撃行動における活動量増大を促進し、そして機甲+歩兵+工兵車の小規模単位での一体化を生み出した。市街戦を避けることは現実的でなく、むしろ増大の一途を辿っている。新戦術として誇大に報道する姿勢には同意できないが、かつて予言された市街戦の戦闘はシリアの惨害を経て、強度市街戦へ適応した編制と戦術、戦闘技法が次のステージに入りつつある。

Urban warfare is a deadly business
and a growing prospect for future conflicts as global urbanization trends continue.

[ Kendall D. Gott, (2006), "Breaking the Mold: Tanks in the Cities", p.111 より抜粋]

Engineer_Infantry_Armor_Combined attack into urban

※戦車は市街戦で使うべきでないとする価値観へ、市街戦研究者達は一様に反対しむしろどれほど戦車が市街戦で効果があるかを述べている。補足としてその話の記事を別途作成した。下記リンク参照。
【補足:市街戦における機甲の重要性と機略戦終了議論の簡易説明】
http://warhistory-quest.blog.jp/21-Sep-18
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 現代強度市街戦における小規模部隊での機甲+工兵+歩兵の一体化に関する資料紹介記事の補足として2点記しておきます。
【強度市街戦での工兵再拡大及び機甲と歩兵との一体化】
http://warhistory-quest.blog.jp/21-Oct-11

①市街戦に於いて機甲車両は非常に有用であり、それはWW2~最新の戦例によって明確に証明され、市街戦専門家たちの支持を得ていること。

②市街戦時代の到来によって戦場は陣地戦と消耗戦の性質を色濃く示すため、Maneuver Warfare理論は大きな変化を求められている。その解釈として、King教授を筆頭にそもそもManeuver Warfareはもう終わったと唱える者たちが居る。それに反対する意見もあり両者には前提認識のくい違いがあるが、いずれにせよ現代軍が直面する現実として、『positional warfareの拡大』または『maneuver warfareの都市環境適応化』が求められている。

 日本のみならず米軍内でも戦車は市街戦では使えないという認識の人が意外なほどに多いようです。彼らに市街戦研究者たちは少々いらだっているようですが、その有用性が証明されていることを粘り強く何度も説明してくれています。
 Maneuver warfare終了説はだいぶ前からありますが、King教授はかなり強く主張しているので色々と議論を呼んでいます。

< 以下詳細 >
Battle of Mosul_20161107
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 ソ連とロシアで使用されてきた戦術レベルの中隊及び大隊防御フォーメーションの説明と、技術発展の中で別のフォーメーションに改革すべきだとし提案された新型案の紹介をしてみようと思います。
Trefoil formation by a company
 20世紀末のソ連において(もしかすると21世紀のロシア軍内の一部でもまだ) 議論された防御隊形があります。 それはトレフォイル=三つ葉と呼ばれた隊形です。これは極めて大胆な変化を防御の基盤にもたらし得る発想でした。
 強大な軍事力を有する敵と対峙する戦場において、ソ連軍内では従来の防御隊形では技術的発展や新たな性質に十分対応できないと考え、新型フォーメーションを提案した者達がいました。今回はまずWW2から現代まで使用されている従来の2梯隊型防御フォーメーションを説明した上で、次に新型案を巡る議論の一部を訳します。
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 軍事的文脈おいて全滅とは部隊の3割が死傷したことをいう、という言説は一般にまで浸透しつつあるようです。ただこの言説が何を根拠に言われているのか辿るのは難しく、かなり朧げなものです。この言説は日本だけでなく諸外国でも類似的なフレーズが広まっており、確かに軍人にもそれを使う者はいますが公的な一致は無いというのが実情です。
 本拙稿は誰が言い始めたかという起源調査ではなく、実戦データの統計を見ることでこの死傷率N%で機能喪失の言説がそもそも正しいのか、実戦の運用に足るものなのかをテーマとします。そのために米国で行われた調査論文の結果を紹介しながら書いていきたいと思います。
死傷率N%機能喪失言説

 戦史を学んでいる人々にとっては予想通りの結果でしょうが、調査の過程で浮かび上がった幾つかの事象の方が興味深いかもしれません。先に結果を書いて、後半にそれらを記述しました。
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 ローマ内戦において2人の優れた軍指揮官が衝突しました。1人はガイウス・ユリウス・カエサル、恐らくその名はローマ史のみならず全歴史上最も知られています。もう1人はグナエウス・ポンペイウス。マグヌス(偉大なる)という尊称と共に呼ばれる彼は若くしてローマ史上屈指の軍事功績を挙げ、強力なコネクションを地中海全周域に持つ人物でした。
 一般的には『内乱記』に依拠したカエサルの視点を軸に軍事推移を説明する方が多いですが、本稿は「カエサルの敵」側に比重を置きポンペイウス及び元老院が何を計画し行動に移していったかを記すこととします。そしてポンペイウスの軍事計画を理解することは、カエサルが(時にギャンブルと呼ばれるほどの)リスクを冒した作戦行動をとった理由を説明することに繋がります。2人の計画と行動は合理的で、会戦での戦術のみならず戦略‐作戦の領域で各個たる意味を持っていました。戦略上の位置づけを把握することは、2人のとった幾つかの戦術的行動に関する疑問への回答ともなると思います。

 Sheppard(2006)は 2人の対決を専門に扱った書籍の副題を『巨神たちの激突(Clash of the Titans)』としています。まさしくポンペイウスは絶大な力を持ち、カエサルへ最大の敵として立ちはだかりました。本稿は両者の合理性と作戦失敗へ到ったその背景をポンペイウスを主眼に記していくこととします。
Pompeius Strategy

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 地理が軍事作戦に絶大な影響を与えることは遍く認識されており、特に通行困難地帯をどう評価し部隊配置とどういう位置関係にするかは主要テーマの1つです。
 戦力を集中した片翼包囲の実施を望む場合、検討を要するのが「通行困難地帯側へ向けて進撃する」包囲とするか「通行困難地帯側から進発する」かです。(最も戦例が多く且つ明確性のある水場を今回は念頭におくこととしますが、険しい山岳部、沼地、川や海等々ではどんな差異があるのかも考えてみてください。)この2つについて短いながら説明をした上で、水場側からの翼包囲が実施された戦例を幾つか紹介します。

 本稿は基礎的理論の振り返りではありますが、ある程度戦術/作戦の好まれやすい方策を既に知っている人に向けて書いています。というのも、「内陸側から水場側へ向けて包囲を行う」ことのアドバンテージを理解しているあまり、それが『普遍的正答』だと思ってしまうのを避けるためです。実戦例を探ると別方向へ発起されているケースが多々あり、複合的に敵味方の要素を組み合わせて駆け引きをすると必ずしもそれが最適とはならない場合があります。これも当たり前のことではありますが、意外と頭から抜けて特定戦術/作戦を指向してしまうので自戒の意味も込めて記しました。ですのでややくどい表現となっており、そもそも水場側への包囲というテーマに初めて着目する方にはなぜここまで言っているのかわかりづらいかもしれません。
gif_水場への片翼包囲

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