戦史の探求

戦史の情報を整理し探求するサイトです。 古今東西の全てを対象とし、特に戦況図や作戦図に着目しながら戦略・作戦・戦術について思索します。

 委任戦術や訓令戦術と訳されることが多いアウフトラークスタクティーク=Auftragstaktik(Führen mit Auftrag)に関し、米陸軍で指揮と統制のスタイル研究のために作成された公開論文の試訳をしてみようと思います。本文書は抽象的概念を論じるものではなく、具体的導入のためにWW2ドイツ軍の戦例を研究しているものです。

 長いので本記事は前半部のAuftragstaktikとは何か、そしてその歴史の概略が書かれた部分について翻訳します。本編ともいえる後半部はヘルマン・バルク将軍率いるドイツ第11装甲師団の1942年チル川の戦いなどの実戦記録となっており、次の記事で載せようと思います。
 また、少々読み難いかもしれませんが本文はそのままAuftragstaktikと記すこととします。原文もそうしており英語のMission-type Tacticsとしていないためです(理由も本文内にあります)。

 本論文の背景には、中・遠距離の核攻撃とワルシャワ条約機構軍の突進によって引き起こされる流動的かつ高速化した現代戦の中で、米軍が欧州に配備されている各部隊を指揮する可能性を考えなければならなかったために研究が必要だったという背景があります。参照されている米陸軍野戦教範は1986年度版であり、AirLand BattleドクトリンとManeuver Warfare理論が密接に関係しています。
51voUT51fQL
(内容的には完全にバルク将軍が主なのですが表紙はマンシュタイン元帥。確かに元帥も関わっていますが…少しバルク将軍が不憫です。)
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 以下、訳文

Order Out of Chaos

】オーダー・アウト・オブ・カオス:1942年12月7日~19日でのチル川の諸戦における第11装甲師団による委任戦術の適用に関する研究
Order Out of Chaos : A Study of the Application of Auftragstaktik by the 11th Panzer Division During the Chir River Battles 7 - 19 December 1942

著者】Robert G. Walters 米陸軍大尉 (当時)
論文提出年度】1989年3月
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 現代ロシア陸軍の指揮管理の基本事項について非常に巧くまとめた論文の紹介です。
 タイトルは『ロシア流戦争手法 - ロシア陸軍における軍部の構造、戦術、近代化』となっています。軍部全体の人事組織や階級章、兵器の説明から分隊~旅団までの基本配置なども図示されています。各項目の詳細部には深く立ち入るものではありませんが、総括して視る英語版ハンドブックとして良いものとなっています。

原題】:The Russian Way of War - Force Structure, Tactics, and Modernization of the Russian Ground Forces
公開】:2016年
発刊部署】米陸軍調査センター外国軍事研究オフィス(Foreign Military Studies Office)

 下記軍事サイトの書籍説明文と各著名専門家コメントが最も端的に本書を表現しています。
https://www.mentormilitary.com/The-Russian-Way-of-War-Ground-Forces-Tactics-p/gra-rwow.htm

「強大なるソ連陸軍はもういない。チェチェンで出くわした無謀なるロシア陸軍ももういない。今あるのは近代化され、より人的に洗練され、核兵器脅威下でマニューバ戦闘のためによりよい装備を持ちよりよいデザインを為されたロシア陸軍である。この本はユーラシアの強大国の戦術、装備、軍部の構造、そして理論的基盤についての資料となるだろう。」

 英国のCharles Dick戦闘研究調査センター前所長、モスクワの軍事科学教授Vadim Kozyulin博士、Ruslan Pukhovモスクワ戦略&技術研究センター所長らが賛辞を送っていますが、どれもソ連崩壊後と現在のロシアのギャップを埋める、2008年からの改革の成果を反映した現代ロシア軍についてのここ10年で最もまとまった本であるという趣旨です。ソ連分析の専門家として高名なD.M.Glantz大佐は本文にもまえがきを送っています。
 本文の大半はロシア政府が公開している複数の軍事資料を図含め丁寧に英語化(図はほぼそのまま)して整理していると思われます。
戦術核攻撃_敵予備へ_1988
 以下にはその一部を図を中心に紹介し、おおよそ本書の雰囲気が伝わればと思っています。文章翻訳などはしておらずメモ書きだけですので、きちんとした説明が為されている原本をどうかご参照ください。

 あとロシア式の戦況図と兵科記号を覚えるのに役立つ気がします。ロシア式戦況図が好きなんで同志が増えてほしいです。
___以下部分的抜粋紹介________________________
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  1965年印パ戦争において9月第2週は最大規模の衝突が同時的に複数起きた期間となりました。両国は機甲部隊を投入し積極的な侵入を行い、そして守る側でも機甲部隊に重大な役割を任せることになります。

 その舞台となったシャカルガル突出部北域での戦い(Battle of PhilloraとBattle of Chawinda)そして南の戦い(Battle of Asal Uttar)はインドでは度々「WW2以降で最大の戦車戦」というフレーズを持って紹介されます。実際に最大なのかの戦例比較検証はともかく、確かに彼らがそう言いたくなるほど機甲部隊は激しい戦闘を繰り広げました。戦車に対抗するために戦車をぶつけなければならないというルールは戦争には無く、実際に対戦車砲や航空機が戦果を挙げていますし現代なら対戦車誘導ミサイルなど数多くの効率的手段があるのですが、1965年印パ戦争では両軍総司令部の問題もあり戦車対戦車の局面が大規模に発生し非常に興味深いものになっています。

 今回はその中でも極めて見事な戦術が実行されたアサル・ウッターの戦い(別名ケム・カランの戦い)について記そうと思います。
battle of Asal Uttar_9月10日_午後戦闘ピーク-min

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 1965年の印パ戦争はエスカレートを続け、後期は完全な正規軍同士の正面衝突となります。ジャンムー&カシミール地方根本の突出部周りで会戦が複数行われ、短期間ながらも攻守が入れ替わる流動的な戦闘が起きました。

 それらの攻勢が開始された原因は、ある重要地点を救うために別の重要地点に攻撃をかけるという戦略を両国共に取ったからでした。しかしそれは充分な準備なしに攻撃と反撃を実施する事態を引き起こし、戦闘部隊の活躍とミスの両方があったことで決定的な戦果へと到ることは困難でした。
 今回はその一部、Operation Grand SlamとBattle of Lahoreの2つについて記述してみたいと思います。戦術面ではパキスタン機甲旅団による川を背にした狭域での積極的迎撃戦闘に着目しています。

※1965年戦争のフェイズ1とフェイズ2は【ジブラルタル作戦_ハジピール山道の戦い_1965_ゲリラ浸透と対抗作戦】を参照 リンク↓
http://warhistory-quest.blog.jp/19-Nov-08

※長くなるためWW2以降で史上最大の戦車戦とインド軍が謳うアサール・ウッターの戦いとフィロラの戦いは次回以降。
北部_第15師団戦域_9月8日午後
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 1965年、インドとパキスタンは短いながらも激しい戦争を行いました。北部のジャンムー&カシミール地方の領有を巡る対話は頓挫し武力解決を政治指導部は決意します。最初は様子見のような衝突を行い、次第にエスカレートし互いに強力な軍事攻勢を実施しました。

 この戦争は主に4つの段階で分類されます。
第1フェイズ】:1月から起きた南部カッチ湿地帯での衝突、これは準軍事組織が最初に動き軍同士の衝突は小規模で終結。インドは『アブレイズ』作戦による西方動員開始。

第2フェイズ】:パキスタンが『ジブラルタル』作戦を発動しインド実効支配カシミールへ大量のゲリラを浸透させる、それに反応してインドは対ゲリラ作戦として停戦ラインを越えハジピール突出部へ攻撃する。

第3フェイズ】:カシミール西部停戦ラインを越えたインド正規軍に脅威を感じたパキスタン政府はジャンムー近域で正規軍による侵攻作戦『グランドスラム』を実施。インド軍は押し込まれたが逆襲し機甲戦が発生する。
  記事リンク→http://warhistory-quest.blog.jp/19-Nov-15

第4フェイズ】:カシミールではなくその南傍であるラホール地域でのインド軍の攻勢『リドル作戦』が発動。だがパキスタン軍は即座に撃退し第1機甲師団が逆侵攻の突進をしかけた。それにインド第2機甲旅団が反応し「WW2以降で史上最大の戦車戦」とインド軍が謳う戦いが発生。
  記事リンク→http://warhistory-quest.blog.jp/19-Nov-22
pakistan_offensive_1965

 1965年戦争は両国政府が「敵を撃退し勝利した」と宣言しそれに則った報道が為されてきましたが、2000年前後から特に軍人の手によって当時の記録を再分析する試みが進み、2010年代には複数の記事や本が作られました。それらの資料は部分的な勝利での戦術的に優れた行動を行った将兵を称えながらも、伝達ミスや深刻な戦略的失敗が互いにあったことを浮き彫りにしています。

 今回は第1と第2フェイズのゲリラ戦及び対抗作戦について記述し、次回は第3と第4フェイズの機甲戦について書こうと思います。続きを読む

現在オーストラリア軍では急速に変化する世界情勢、技術性能、そして軍事理論に対応しようと政府を含めた全体で取り組んでいます。
 今回紹介するのは技術進化の個別事例ではなく、変化に対応するための根本的な備えを身に着けようという基幹コンセプトです。

 その基盤となるのが「適応戦役化」という考えです。事前に計画していたことだけでは対処できず新たに逼迫した習得すべき事項が生まれる、つまり変化に適応するアクションを取ることになると豪軍は考えています。必ず将来的にその個別の適応化事項について「学習」をするが故に、豪軍がすべきことは「学ぶ方法を学ぶ=Learn how to learn」組織・意識・システムを作ることとされています。
 そのための1つが特に司令官・戦略レベルで有効とされる適応化サイクルあるいはASDAサイクルと呼ばれるコンセプトです。豪軍はそれを「正しく課題を解決する」よりもまず「正しい課題を解決する」ように戦略・作戦レベルで変化に適応しなければならない、そのためのツールとしています。
The Adaption Cycle_ASDA loop
※ Discovery Actionからスタートし最低一周してからDicisive Action(かつDiscovery Action)へと移るという意味の図。

 一見するとジョン・ボイド大佐のOODAループに似ていますが、ASDAサイクルはそれと対立はしない別の理論です。本文中にも説明がありますが最後の訳者追記箇所に補足を入れました。
 以下にはAaptation Cycleが述べられた第4章についての訳文を記載します。…意外と長いと感じられる方は【4.9】項、【4.10】項、【4.15】項にとりあえず目を通していただければ要旨は把握できます。

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以下、訳文

【題】陸軍の将来的陸戦運用コンセプト_ARMY’S FUTURE LAND OPERATING CONCEPT
【製作】豪陸軍総司令部_HEAD MODERNISATION AND STRATEGIC PLANNING - ARMY
AUSTRALIAN ARMY HEADQUARTERS

【発行年】初版発行2009年、改定2012年

第4章 適応戦役化_Adaptive Campaigning

【序論】

【4.1】
 将来的な安全保障の複雑性に対応する陸軍は適応戦役化を実施することになる。適応戦役化は次のように定義される。
『紛争解決及び国益を進展させるための統合的政府全体アプローチへの軍事的貢献の一部として地上軍により遂行される行動』
国防白書2009で説明されているように、適応戦役化が狙いとするのは平和的に政治的談話を促進し、国益に繋がる条件で状況を安定化させるように全体環境へ影響を及ぼしそして形作ることだ。

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