戦史の探求

戦史の情報を整理し探求するサイトです。 古今東西の全てを対象とし、特に戦況図や作戦図に着目しながら戦略・作戦・戦術について思索します。

カテゴリ:作戦・戦術 > 軍隊の動き方

  包囲に対抗するための方策として鈎型陣形と呼ばれるものがあります。
 陣形とは書いていますが、その意図は敵が多角的攻撃をしてきた際に自軍部隊が『側面を曝したまま攻撃を受けないようにする』戦術コンセプトであり、幾何学性よりもその効果の方に本質的な意味があります。包囲形にされることをある程度想定に入れるという特徴があり、包囲攻撃を受ける際にそのインパクトが緩和されます。その点で対包囲戦術の1つとして、多くの戦で使用されました。ただし鉤型で対抗するということは受動的で複数のリスクもありました。
1642_Battle of Honnecourt_鉤型陣形の敗北

 今回はそれらの包囲をされた際に側面を曝さないようにした戦術的行動を鈎型陣形と呼称し、その基礎概念について記そうと思います。如何にして鈎型陣形をとった軍が勝利したかは、古代ローマ・ガリア戦役の2戦例(ビブラクテ、サビス川の戦い)を取り上げ詳解しようと思います。

 本稿は鈎型陣形が耐久により包囲攻撃に対し勝利した事例に説明の重点が置かれています。けれども鈎型陣形はそれ単体での耐久勝利よりもむしろ他の逆襲戦術と組み合わされることで大きな威力を発揮したものです。それらの戦術を理解するための基礎としても必要であるため、まず単体について記そうと思います。
→別拙稿 鉤型陣形を組み合わせた逆襲 後日作成します。続きを読む

 「カバゾス将軍が37の戦闘指揮訓練プログラムの先任管轄者としての経験を述べた所によれば、指揮将校学生を含むあらゆる(米軍の)指揮官は少なくとも一度は彼らが機動防御と呼んだ作戦を実施してきたという。さらに続けて彼は断言した、現在に至るまで機動防御を1度でも実際に実行した指揮官は1人も存在しない、と。」 
G.L.Walters少佐, (1993), "Mobile Defense : Extending the Doctrinal Continuum", p.2 より抜粋)
   
 「戦術について真面目に取り組む学生なら皆、現在の米陸軍ドクトリンに組み込まれている2つの基本マニューバ形態の概念的な理解を深める必要性にすぐに直面する。」 
(米陸軍歩兵学校, (1964), "Infantry", p.27)
____________________________________________________________________________________
 本記事は日本で機動防御と呼ばれる防御形態について、特に米軍の解釈とそこに巻き起こった混乱に関する基礎情報を記します。別途製作する論文及び教範の抜粋試訳を読む際の基盤にして頂けたら幸いです。誰もがわかっているようでいざ話してみると詳細が一致せず、米軍の教範に書かれていることを深く考察すると様々な疑問点が生まれ出でます。むしろ教範を1つしか読まない方がその迷路に入らずに済み、年度別版や実戦用の師団や旅団の教範など複数を読み進めていくと謎が深まっていきます。
 本稿は混乱を紹介するものであり、解答を示すものではありません。この難題に関する考察や資料が何かあればどうか教えてください。
counterattack in mobile defense and area defense


続きを読む

 陣地防御機動防御について米陸軍の考え方の紹介をしようと思います。大半が教範または軍の論文の訳であり、補足説明は最初に少し書いであるだけです。陣地防御と機動防御はその名前は有名であり極めて重要な防御フォームであるにも関わらず、その中身の説明があまりに簡略化され(或いは名前だけから想像をして良くも悪くも話される)誤解を生んでいるのを見たことがあるかもしれません。本記事では米軍教範と論文によってその元の説明文の紹介を行います。
 …しかし本記事はその混乱を解くものではありません。なぜなら米軍のエリア防御とモバイル防御の説明には深刻な問題点があり、米軍内ですら混乱と論争があるからです。(もしかしたら誰かの論文で明解な答えを示してくれているかもしれませんが、少なくとも現在時点の米陸軍野戦教範及びドクトリン教範は問題を抱えたままです。)むしろ教範などを読み込まない部分的な理解である方が混乱はしないのかもしれません。ただそれでは重大な欠落が伴ってしまいます。ですので教範と論考の知識を深め、それ故に混乱へと踏み込み、深い考察をする入口として本拙稿を記そうと思います。
  
「戦術について真面目に取り組む学生なら皆、現在の米陸軍ドクトリンに組み込まれている2つの基本マニューバ形態の概念的な理解を深める必要性にすぐに直面する。」 
1964年 米陸軍歩兵学校 Infantry p.27より抜粋
エリア防御での逆襲
(上図は機動防御か陣地防御どちらだと感じるでしょうか。最初に考えて頂けると良いかもしれません。)

  非常に長くなるため本記事ではまず米陸軍がエリア防御(ポジション防御)と呼ぶものについてを抜粋します。また本文では陣地防御をエリア防御、機動防御をモバイル防御と元の英単語がわかるように記述します。
続きを読む

 東ローマのユスティニアヌス、そしてササン朝のカワード1世は恐らくこの2大国の長き歴史の中でも有数の名を知られた君主です。彼らの時代に両国間国境は大きく動きはしないものの多くの衝突を繰り返しました。まさに大国らしい大規模な軍事戦略と強かな外交の中で、幾名もの将が会戦を行い名を残します。そして531年にとある戦役がユーフラテス川沿いで発起されました。

 カリニクム戦役と呼ばれるこの時東方戦線の司令官を務めたのは後に東ローマで最高の将と称えられるべリサリウスでした。米軍や英軍ではかなりの人気があり日本でも知名度は東ローマの中ではずば抜けた将軍だと思います。まだ若きべリサリウスはこの戦役でもその優れた才覚の片鱗を見せササン朝の侵攻に対抗します。
 一方ササン朝の遠征軍を率いたのはアザレテスと呼ばれる軍人でした。彼は記録が少なく恐らくあまり知名度の無い人物ではありますが、本戦役でその手腕を明確に示すことになります。1つは会戦を避けようと退却し作戦全体を見直した視野の広さで、そしてもう1つはあのべリサリウス率いる東ローマ軍を壊滅させた戦術で、アザレテスは素晴らしくそして後世の人々が幾つかの軍事理論を理解するのに役立つ指揮を戦史に残してくれました。

 以下にはカリニクム(現ラッカ周辺)で行われた会戦での水場側への片翼包囲、兵士統制の難しさ包囲の困難性とリスク、対包囲戦術としての鈎型陣形、そして会戦へ到るまでの退却行について注目しながらその戦史を紹介しようと思います。
531_Battle of Callinicum_gif

続きを読む

 米陸軍野戦教範のFM3-90 Tacticsの要点抜粋をだいぶ昔にしたのですが、今回はその補足資料として戦術的ミッションタスクについて記されたFM3-90 Appendix Bを翻訳紹介しようと思います。
_____________________
リンク→FM3-90 Tacticsの要点抜粋
http://warhistory-quest.blog.jp/18-Feb-27
_____________________
 戦術的任務上のタスクと呼ばれているものは例えば「脱出せよ」「拘束せよ」「突破口形成せよ」といった様に指揮官が部隊に任務命令を発する際に任務綱領に明示する「効果」や結果のことです。「中央部隊は前進せよ」といった指示はあくまで「行動」を表現するものであり、指揮官が戦術/作戦/戦略的に達成したい効果や目的そのものではありません。(任務の焦点はあくまで中央部隊が前進するという行動によって突破口形成をする、ということです。)効果は敵にもたらすものと自部隊にもたらすものに大別されます。
   
 こういった戦術的タスクについて各人で認識齟齬があると任務遂行がズレる危険性があります。ですのでいずれも理解しておくべき戦術的基礎事項とされています。またこれらの効果があるということを知っておかなければ指揮官が用いれる戦術の幅は著しく小さくなってしまいます。近代以前の戦史でもこれらの要素を把握しておくことは有用です。

 以下には指揮官が部隊に命令を出す際に明示するその戦術的ミッションタスクについて各々の説明を記載します。本文はあくまで米陸軍の任務綱領上での意味だということに注意してください。本文中にもありますが、一般的な用語とはやや違う、あるいは状況限定的な意味を持って使われています。(また、米軍の考える意味の軍事用語を日本語訳する上で、意味が分かりやすく誤解を招かないと個人的に考えている用語をあてています。)
 本サイトを訪れるくらいの人には大部分が既知だと思いますが、bypassとexfiltrate、secureはどうか目を通してほしいと思っています。
Tactical Mission Task
figb-1
block_Fix_Disrupt_Turn

続きを読む

米陸軍大学出版から何十年にも渡って出されている季刊誌Military Reviewには色々と面白い記事があります。今回はその1940年6月号へ当時大尉だったReuben E. Jenkins(最終階級は中将)が寄稿した『Offensive Doctrines』の中に4種の包囲マニューバについて書かれているものがあったので一部試訳紹介してみます。 
 包囲マニューバは実戦例詳細部を分析し1つ1つにラベルを貼っていけば、その形態の数は実に多くなるでしょう。1つの戦例に複数の性質が存在することもあるためです。ですので本記事中の4つの包囲形態とはある視方をした場合に浮かび上がる特徴を基に4つ抽出したものとなります。
 その4つとは次の包囲形態になります。

密接包囲(Close Envelopment)
広範包囲(Wide Envelopment)
両翼包囲(Double Envelopment)
迂回攻撃(Turning Movement)

 章タイトルだけを見た時、単純に近接と広域に距離で分類したのだと連想してしまうかもしれません。しかし3つ目の両翼包囲に説明が移る段階でなぜ片翼包囲が無いのかといった違和感があるはずです。ここで自分は原著者は一体どのような基準でこの4形態のみを説明することとしたのだろうと興味を持ちました。
 幸い論述内容は簡潔ですぐに疑問は解けました。ジェンキンス将軍が包囲の説明で重視していたのは、各タイプごとに包囲マニューバを実行する「編制及びその指揮統制」手法が違うということでした。彼は指揮の実践に必要な内実に基づいて上記4タイプを認識すべき旨を強調した書き方をしており、幾何学的性質や距離は関係しますが本文の主眼にはされていません。

 以下訳に移りますが4形態の内容個々は特段珍しいことを述べているものではありません。ですがこの将軍の着眼点はたとえ当時と現代あるいは昔が違う様相の戦争だとしても、指揮手法の変化の重要性を再度考えさせてくれる価値のあるものだと思います。続きを読む

↑このページのトップヘ