戦史の探求

戦史の情報を整理し探求するサイトです。 古今東西の全てを対象とし、特に戦況図や作戦図に着目しながら戦略・作戦・戦術について思索します。

カテゴリ: 軍事理論

 本稿は1977年にソ連で主に高級将校向けに作成された書籍『戦車の打撃:大祖国戦争の記録に基づく、方面軍の攻勢作戦における戦車軍』の第4章の抜粋試訳を中心にし、幾つかの補足を入れる。
添付4_戦車軍の戦闘作戦

 本研究記録は、大規模な通常戦とは攻勢側に甚大な被害を伴うということを明示している。この損失量は、大半が1944年以降の作戦においてであり、ソ連が明確に巨大な戦力的優位性をドイツに対して有してからの時期において実施され、そして『成功した攻勢』の中で発生しているのだ。突破口形成済み箇所への投入をされた部隊より更に、突破口形成をする部隊は強固な抵抗にあいながら任務をやり遂げる。そこには膨大な兵士の血と壊れた車両を踏み越える以外の道などなく、それを前提とした上で作戦を立案し、戦争を開始しなければならない。具体的には主に、機甲車両の大量損失が勝敗関係なく発生するため、それを補う計画と体制を整える必要性を実戦例に基づき訴えている。燃料弾薬の第3項、人的損失補充の第4項については別途作成する。
___以下、本文_________________________________________

第4章 序文

 独ソ戦での方面軍が実施した攻勢作戦の中で、戦車軍は方面軍攻勢の作戦的縦深で戦闘作戦を実行した。敵は強力で卓越した技量を有していた。時に戦車軍は他の諸兵科連合軍から離れ独立して戦闘し、そして重い損失に苦しんだ。
 人的損失について、軍レベルで最大10~15%(※これは戦力差が拡大した1944年以降。1943年後半期攻勢は20~30%。第4項に後述)、軍団または旅団では最大40~50%、大隊では70~80%にまで達することがあった。大半の事例で、戦車軍は人的および装備の深刻な不足に苦しみながらも、作戦を継続し敵を打破した。

 攻勢作戦における戦車軍の実戦経験の研究は、この数年間の戦争中にはありとあらゆる措置がとられ、何よりも高い士気を保ち、兵士の戦闘能力を維持しそして回復させたことを明らかにした。
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2020年8月までにロシア連邦軍は全ての軍管区でシリア式塁壁とタンク・カルーセルの演習を経験させた。厳しい予算と政治的制限の中、彼らはシリア内戦の戦訓を取り込み将来の戦争のために最先端の戦術を行える軍隊であろうと努力を続けている。米国の軍事研究者は市街戦の増大傾向が止まらないことを踏まえ、かつての野戦を主眼としたデザインの軍隊から変化し現実に直面する戦場に適応する必要性を訴えている。その中にある性質の1つが最前線で活動する工兵の再拡大である。それは戦術的対応の細小化の傾向及び、進化した技術の影響と組み合わさり、小規模編制における機甲+歩兵+工兵の一体化を現出した。本稿は工兵車両、特に大きな変化を戦場にもたらしつつあるブルドーザーを中心に据え、その一体化運用の具体的な事例とロシア軍がシリア戦訓として正式に取り入れたシリア式塁壁について紹介し、資料集覚書として作成した。

 戦闘区域以外や架橋や火炎放射といったものを別とし、ドーザー建機系の工兵がシリアの最前線で見せた活動は次のものがある。
 ①地面の掘削による陣地構築
 ②建屋そのものの破壊
 ③街路の障害物撤去(除去移動だけでなく埋立て含む)
 ④戦闘区域内での土塁の建設
 ⑤歩兵の盾
 ⑥囮
これらの内①陣地構築のみなら冷戦期でも当然のこととして扱われていた。それに加え00年代の米国の戦争は③撤去による通路開拓の重要性をこれまで以上に評価した。同時に内戦前のアサド政権やイスラエル軍が行っていた②大型ドーザーで建屋そのものを破壊する戦法も有効性を確認することになった。イランーイラク戦争で既に報告があった⑤歩兵の盾としての役割もイラクとシリアの内戦で再び見られた。歩兵が携行できるミサイル型兵器および張り巡らされたIEDは戦車や歩兵戦闘車への脅威を増大させ、戦術上工兵車両が彼らのために⑥囮に近くなる場面もあった。特色性のある戦法として、敵攻撃範囲内でブルドーザー等工兵が活動して「建設」を行い④即席土盛りを作り上げることが今着目されつつある。その一部がシリア式塁壁である。
 これら全てが工兵の最前線での攻撃行動における活動量増大を促進し、そして機甲+歩兵+工兵車の小規模単位での一体化を生み出した。市街戦を避けることは現実的でなく、むしろ増大の一途を辿っている。新戦術として誇大に報道する姿勢には同意できないが、かつて予言された市街戦の戦闘はシリアの惨害を経て、強度市街戦へ適応した編制と戦術、戦闘技法が次のステージに入りつつある。

Urban warfare is a deadly business
and a growing prospect for future conflicts as global urbanization trends continue.

[ Kendall D. Gott, (2006), "Breaking the Mold: Tanks in the Cities", p.111 より抜粋]

Engineer_Infantry_Armor_Combined attack into urban

※戦車は市街戦で使うべきでないとする価値観へ、市街戦研究者達は一様に反対しむしろどれほど戦車が市街戦で効果があるかを述べている。補足としてその話の記事を別途作成した。下記リンク参照。
【補足:市街戦における機甲の重要性と機略戦終了議論の簡易説明】
http://warhistory-quest.blog.jp/21-Sep-18
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 現代強度市街戦における小規模部隊での機甲+工兵+歩兵の一体化に関する資料紹介記事の補足として2点記しておきます。
【強度市街戦での工兵再拡大及び機甲と歩兵との一体化】
http://warhistory-quest.blog.jp/21-Oct-11

①市街戦に於いて機甲車両は非常に有用であり、それはWW2~最新の戦例によって明確に証明され、市街戦専門家たちの支持を得ていること。

②市街戦時代の到来によって戦場は陣地戦と消耗戦の性質を色濃く示すため、Maneuver Warfare理論は大きな変化を求められている。その解釈として、King教授を筆頭にそもそもManeuver Warfareはもう終わったと唱える者たちが居る。それに反対する意見もあり両者には前提認識のくい違いがあるが、いずれにせよ現代軍が直面する現実として、『positional warfareの拡大』または『maneuver warfareの都市環境適応化』が求められている。

 日本のみならず米軍内でも戦車は市街戦では使えないという認識の人が意外なほどに多いようです。彼らに市街戦研究者たちは少々いらだっているようですが、その有用性が証明されていることを粘り強く何度も説明してくれています。
 Maneuver warfare終了説はだいぶ前からありますが、King教授はかなり強く主張しているので色々と議論を呼んでいます。

< 以下詳細 >
Battle of Mosul_20161107
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 ソ連とロシアで使用されてきた戦術レベルの中隊及び大隊防御フォーメーションの説明と、技術発展の中で別のフォーメーションに改革すべきだとし提案された新型案の紹介をしてみようと思います。
Trefoil formation by a company
 20世紀末のソ連において(もしかすると21世紀のロシア軍内の一部でもまだ) 議論された防御隊形があります。 それはトレフォイル=三つ葉と呼ばれた隊形です。これは極めて大胆な変化を防御の基盤にもたらし得る発想でした。
 強大な軍事力を有する敵と対峙する戦場において、ソ連軍内では従来の防御隊形では技術的発展や新たな性質に十分対応できないと考え、新型フォーメーションを提案した者達がいました。今回はまずWW2から現代まで使用されている従来の2梯隊型防御フォーメーションを説明した上で、次に新型案を巡る議論の一部を訳します。
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 軍事的文脈おいて全滅とは部隊の3割が死傷したことをいう、という言説は一般にまで浸透しつつあるようです。ただこの言説が何を根拠に言われているのか辿るのは難しく、かなり朧げなものです。この言説は日本だけでなく諸外国でも類似的なフレーズが広まっており、確かに軍人にもそれを使う者はいますが公的な一致は無いというのが実情です。
 本拙稿は誰が言い始めたかという起源調査ではなく、実戦データの統計を見ることでこの死傷率N%で機能喪失の言説がそもそも正しいのか、実戦の運用に足るものなのかをテーマとします。そのために米国で行われた調査論文の結果を紹介しながら書いていきたいと思います。
死傷率N%機能喪失言説

 戦史を学んでいる人々にとっては予想通りの結果でしょうが、調査の過程で浮かび上がった幾つかの事象の方が興味深いかもしれません。先に結果を書いて、後半にそれらを記述しました。
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 機動防御とは何か、そして陣地防御とどのようにわけるべきなのかという議論は一見簡単に見えて非常に根深い問題を抱えています。

【機動防御を巡る米軍の混乱】
http://warhistory-quest.blog.jp/20-Mar-23
何がモバイルなのか
 それについて前回の記事で簡単にその一部に触れましたが、まだわかりにくかったかもしれません。Walters少佐の論文のp.38に記されているように、このテーマはともすれば衒学的になってしまいがちです。
 それでも本テーマは現代の防御ドクトリンを考える上で重要な価値があると思います。この困難な道を研究する人々の何かの刺激になればと思い、本記事にはこの問題を考える上で参考になる資料の一部を訳せるだけ訳しました。特に1993年にWalters少佐が提出した論文を中心としています。
 目次は下記となります。最初に用語の説明を教範中から抜粋した後で論文試訳を行い、最後にそれらを踏まえた上で幾つかの年代の教範の実際の記述を記すこととします。教範の翻訳はエリア防御とモバイル防御両方の範囲を含みます。もしかしたら論文よりも教範の文章を先に読んだ方がいいかもしれません。

用語解説
・2001年版FM3-90 Tactics 第8章_防御作戦の基礎(MBAとFEBA、Battle positionの定義)
・1954年版FM100-5 Operations 第296項_主逆襲と局地逆襲

論説翻訳
・1964年論考_Infantry_防御マニューバ_歩兵学校の定期誌でのモバイル防御問題の論考
・1973年論考_Militery Review 12月号_柔軟対応ドクトリン
・1994年論文_Mobile Defense : Extending the Doctrinal Continuum_モバイル防御の混乱について新条件を組み込んで解決しようとした論文(本文全翻訳)

教範中のエリア防御とモバイル防御の記述
・1954年版FM100-5 Operations 第9章_防御
・1960年版Landing Party Manual_第10章_防御_陸戦隊の教範中でのモバイル防御とポジション防御
・1993年版FM100-5 Operations 第9章_防御の基本事項
・2015年版FM3-90-1 Offense & Defense _第7章_エリア防御(縦深防御と前方防御)
・2019年版ADP3-90 Offense and Defense_エリア防御とモバイル防御そして後退行動の定義続きを読む

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