戦史の探求

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タグ:各個撃破

 AirLand Battleと機略戦の理論を押し進めていた冷戦末期の米軍がこのコンセプトを自国なりのやり方で導入するために、委任戦術Auftragstaktikが根付いた将兵がどういった行動を取れたのか、研究した論文についての試訳です。
 前半はAuftragstaktikとはどういうコンセプトだったのか、その歴史の概略と共に記されています。
リンク↓【試訳_委任戦術とその歴史概略】
http://warhistory-quest.blog.jp/19-Dec-15

 この後半は論題通りの主箇所、チル川の戦いにおけるドイツ第11装甲師団の戦例について書かれています。
恐らくドイツ側の説明はほぼ不要なほど有名ではあると思いますが
・ソ連の天王星作戦によりスターリングラードで包囲された第6軍
・マンシュタイン元帥のドン軍集団が解囲を試みた冬の雷雨作戦
・ソ連が南部に展開するドイツ軍全体の崩壊を試みた(小)土星作戦
に関係しています。

 スターリングラード解囲のためのドイツ軍攻勢とは別に、その直前からソ連第5戦車軍はチル川突出部を潰そうと継続的な攻勢を仕掛けました。そこで第48装甲軍団は敵を撃退するために苦闘することとなります。
 互いに思い通りに行かなかった点は多々あるものの、その戦闘内容は教訓に富んだものであると米軍は解釈しており、本論文はそれを具体的にAuftragstaktikが根付いた指揮と統制に着目し記述しています。
図3_1942年18日~19日_第11装甲師団のチル川沿いでの逆襲
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 以下、試訳

Order Out of Chaos : チル川の戦いにおけるドイツ第11装甲師団の活動

【著者】Robert G. Walters 米陸軍大尉 (当時)
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 包囲を行ってくる敵に対してどう対処するかという命題について戦史には様々な応えが記されています。そもそも包囲を行える部隊組織を持ち、発案しくる敵指揮官は優れた相手であることが多く、それを上回る戦術は卓越したものとなります。

 第3次ラムラの戦いは包囲を企図した者とそれに対抗した戦術が現れた良質な戦例です。

 この戦いの指揮官、十字軍国家の王ボードゥアン1世は中東で戦歴を積み重ねてきました。
 直近の会戦で対決したファーティマ朝軍は数で上回っていたためか尽く包囲を試みており、第1次ラムラ会戦では包囲が失敗し、第2次ラムラ会戦では前回の欠点を見事に改善し包囲戦術を成功させボードゥアンを破りました。学習し成長したとも言えるこの敵に対してボードゥアンもまた戦術的な変化を持って再び戦に挑みます。
スライド9

(以下 本文敬略)
第1次ラムラ会戦及び第2次ラムラ会戦に関する記事は本リンク参照
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