戦史の探求

戦史の情報を整理し探求するサイトです。 古今東西の全てを対象とし、特に戦況図や作戦図に着目しながら戦略・作戦・戦術について思索します。

タグ:市街戦

2020年9月末から開始されたアゼルバイジャンとアルメニアのナゴルノ・カラバフ戦争は年内に停戦合意に到り、その期間の短さから44日間戦争と一部で呼称されている。内戦やテロ掃討戦では無く国家同士の戦争であることからシリアやイラクの内戦とは違った着目の仕方をされた。両国のリソースが中小規模であったことは、そこで見られた軍事的事象を先進諸国に適用できるかに関し慎重になる必要性を生んでいる。それでもこの戦争で両国の軍隊は諸外国が注視する意味のある様々な教訓を示してくれた。その1つは作戦‐戦術レベルにおける伝統的なマニューバの有効性である。

 ※本稿は政治的な活動とプロパガンダ、情報戦、諸外国の支援は範囲外とし、アセットを有した状態から発起された軍事作戦のみを対象とする。
azerbaijan offensive 2020

 結論から述べると、アゼルバイジャン陸軍の行った作戦は古典的な迂回マニューバである。また、その手法も伝統的な戦線突破及びその後の拡張メソッドそのままだ。航空戦力は著しい脅威を継続的にもたらし、砲兵は偵察の情報を基に戦果を挙げ、機甲は作戦的に重大な役割を果たし、そして歩兵はその足で戦闘終結のための決定的なタスクをこなした。各兵科の投入タイミングと位置は見事な水準で調整されていた。
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2020年8月までにロシア連邦軍は全ての軍管区でシリア式塁壁とタンク・カルーセルの演習を経験させた。厳しい予算と政治的制限の中、彼らはシリア内戦の戦訓を取り込み将来の戦争のために最先端の戦術を行える軍隊であろうと努力を続けている。米国の軍事研究者は市街戦の増大傾向が止まらないことを踏まえ、かつての野戦を主眼としたデザインの軍隊から変化し現実に直面する戦場に適応する必要性を訴えている。その中にある性質の1つが最前線で活動する工兵の再拡大である。それは戦術的対応の細小化の傾向及び、進化した技術の影響と組み合わさり、小規模編制における機甲+歩兵+工兵の一体化を現出した。本稿は工兵車両、特に大きな変化を戦場にもたらしつつあるブルドーザーを中心に据え、その一体化運用の具体的な事例とロシア軍がシリア戦訓として正式に取り入れたシリア式塁壁について紹介し、資料集覚書として作成した。

 戦闘区域以外や架橋や火炎放射といったものを別とし、ドーザー建機系の工兵がシリアの最前線で見せた活動は次のものがある。
 ①地面の掘削による陣地構築
 ②建屋そのものの破壊
 ③街路の障害物撤去(除去移動だけでなく埋立て含む)
 ④戦闘区域内での土塁の建設
 ⑤歩兵の盾
 ⑥囮
これらの内①陣地構築のみなら冷戦期でも当然のこととして扱われていた。それに加え00年代の米国の戦争は③撤去による通路開拓の重要性をこれまで以上に評価した。同時に内戦前のアサド政権やイスラエル軍が行っていた②大型ドーザーで建屋そのものを破壊する戦法も有効性を確認することになった。イランーイラク戦争で既に報告があった⑤歩兵の盾としての役割もイラクとシリアの内戦で再び見られた。歩兵が携行できるミサイル型兵器および張り巡らされたIEDは戦車や歩兵戦闘車への脅威を増大させ、戦術上工兵車両が彼らのために⑥囮に近くなる場面もあった。特色性のある戦法として、敵攻撃範囲内でブルドーザー等工兵が活動して「建設」を行い④即席土盛りを作り上げることが今着目されつつある。その一部がシリア式塁壁である。
 これら全てが工兵の最前線での攻撃行動における活動量増大を促進し、そして機甲+歩兵+工兵車の小規模単位での一体化を生み出した。市街戦を避けることは現実的でなく、むしろ増大の一途を辿っている。新戦術として誇大に報道する姿勢には同意できないが、かつて予言された市街戦の戦闘はシリアの惨害を経て、強度市街戦へ適応した編制と戦術、戦闘技法が次のステージに入りつつある。

Urban warfare is a deadly business
and a growing prospect for future conflicts as global urbanization trends continue.

[ Kendall D. Gott, (2006), "Breaking the Mold: Tanks in the Cities", p.111 より抜粋]

Engineer_Infantry_Armor_Combined attack into urban

※戦車は市街戦で使うべきでないとする価値観へ、市街戦研究者達は一様に反対しむしろどれほど戦車が市街戦で効果があるかを述べている。補足としてその話の記事を別途作成した。下記リンク参照。
【補足:市街戦における機甲の重要性と機略戦終了議論の簡易説明】
http://warhistory-quest.blog.jp/21-Sep-18
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 現代強度市街戦における小規模部隊での機甲+工兵+歩兵の一体化に関する資料紹介記事の補足として2点記しておきます。
【強度市街戦での工兵再拡大及び機甲と歩兵との一体化】
http://warhistory-quest.blog.jp/21-Oct-11

①市街戦に於いて機甲車両は非常に有用であり、それはWW2~最新の戦例によって明確に証明され、市街戦専門家たちの支持を得ていること。

②市街戦時代の到来によって戦場は陣地戦と消耗戦の性質を色濃く示すため、Maneuver Warfare理論は大きな変化を求められている。その解釈として、King教授を筆頭にそもそもManeuver Warfareはもう終わったと唱える者たちが居る。それに反対する意見もあり両者には前提認識のくい違いがあるが、いずれにせよ現代軍が直面する現実として、『positional warfareの拡大』または『maneuver warfareの都市環境適応化』が求められている。

 日本のみならず米軍内でも戦車は市街戦では使えないという認識の人が意外なほどに多いようです。彼らに市街戦研究者たちは少々いらだっているようですが、その有用性が証明されていることを粘り強く何度も説明してくれています。
 Maneuver warfare終了説はだいぶ前からありますが、King教授はかなり強く主張しているので色々と議論を呼んでいます。

< 以下詳細 >
Battle of Mosul_20161107
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 リビア内戦において、2020年5月まではLNA(トブルク政府側)の戦略的攻勢期でした。そしてついに2020年6月初頭にそれは崩れ、GNA(トリポリ政府側)の攻勢期に移りました。より詳細部に触れるとGNAの逆襲作戦『憤怒の火山』などがあり両軍の膠着状態がトリポリ近郊で長らく続き、交通の要衝や空港を激しく奪い合う膠着期間がありました。

 その中で見られた作戦および戦術は興味深いものであり、戦史上幾度も議論された事象に関係していました。今回はリビア内戦の中でも最上級に大規模で大胆な、2019年4月よりLNAが発起した西部戦役の攻勢主軸を巡る紹介と考察をしてみたいと思います。
20190404_西部戦役
 軍事的/非軍事的を問わず多くの要因が戦局に影響を与えましたが、本稿で焦点とするのはただ1点、LNAのトリポリ突進は作戦レベルで適切な軍事的判断であったかどうか、それのみです。軍事的概念に置き換えるなら、周辺の敵拠点を占領せずに大規模補給拠点から遠く離れた敵中核都市の奪取に主力を突進させる方針の是非、となります。
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